夜を導く光、それは赤い極道でした。
【第2話】見えないところ
静かな時間が流れる。麻酔を打たれているから縫われていても痛みがない。首に何か刺さるような感覚はあるから不思議な感じがした。
「……傷痕って残ります?」
思わず尋ねたのは、女の子だから綺麗なままでいたいという単純な理由ではない。この傷を真次郎が見て、また辛そうな顔を見るのが、たまらなく嫌だったから。そういう意味で澪は自分のために確認をしたにすぎなかった。
「僕が治すから残らないよ」
「よかったです、それなら」
「でも、それは|見えるところだけね」
「見えるところ……」
「そ、それなら綺麗に治してあげられる」
医師の言っている意味がよくわからず澪が不思議そうな表情でいると、医師は手を止めずに話を続けた。
「目で見えるものはね、わかりやすいから。怪我をしていることも、治す方法も。でも、心の傷は違う」
「心ですか?」
「こいつはなかなかに厄介だからね。僕も若い頃、同じように取り返しのつかない後悔をしたことがあるよ」
「それは、しんどいですね」
「だからね、とても難しい。自分で乗り越えるか、大切な誰かに癒してもらうか……」
医師の言葉が澪の胸に落ちていく。まるで、真次郎のことを言っているみたいだったから。
彼のために、彼が悲しまないように何ができるのか、そればかりが頭を埋め尽くしているから。
「それって、顔を合わせたら辛いような相手でも意味はありますかね?」
けれど、澪は躊躇う。真次郎は自分がこの世界にいることを望んでいない。澪自身も自分がここにいることを間違っていると思えてしまうから。彼の気持ちを否定はできない。そんな状態で、声をかけたところで……癒されるなどありえない。
「んー?そこは、もう気持ちの問題」
「気持ちですか?」
「そうだね。その相手をどれだけ想っているのか……または想われているのか。まあ関係性だねぇ」
医師の紡ぐ言葉は先程から澪の心に響いていく。真次郎のことをどう想っているのかと問われれば、感謝の一言に尽きる。
でもそれは、真次郎にとっては迷惑になるかもしれない。そう思うと、どうしても踏み出すのに勇気がいる。
「後はどれだけ、その相手を失いたくないか。そこ次第だね」
そんな澪の気持ちを読み取るように、医師は今まさに澪が欲しい言葉を送ってきた。
真次郎を失いたくない、そんなの答えは決まっている。
「──っと、はい。これで終わり」
「あ……ありがとうございます。本当に一瞬でした」
「痛くもなかった?」
「はい。傷痕も全然目立ちませんね」
鏡を渡され、それを見て確認する澪に医師はふふっと優しく笑う。
「どうだった?僕の魔法」
医師の言う魔法。それは麻酔で不思議な感覚を味わうことを指すわけではない。この手術のやり取りの中で、澪はたくさんの呪文をかけられた。
沈んでいた気持ちが、上がる魔法を。
「──はい。効果抜群ですね」
「それはよかった。お大事にね」
微笑む医師に手を振って、澪は久我山と共に救護室を後にした。
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「ねぇ、くーちゃん。私はやっぱりここにいるのは迷惑ですかね」
澪の部屋までの廊下を歩きながら、ふいにそう問いかける。久我山は一瞬息を呑んだものの、いつも通りに返した。
「急にどうした」
「いえね、実際いろいろあったじゃないですか?私こんな短期間……というか実際一週間ほどで」
実に濃い、濃すぎると澪ですら思ってしまうのだから。それに護衛という形で付き合わされている久我山はたまったものではないだろう。
そう思い、澪は確認した。
「新人でもこんな嵐みてぇなのは起きねえな」
「自然現象は予測がつきませんからね」
「ほとんどが勝手に首つっこんでんだけどな」
「好奇心とは誰にも止められない。でも……」
いつもなら、ここで澪の澪たる所以のマイペースを披露するところ。しかし、さすがにそんな呑気になれない。それほどに澪自身も重く受け止めていた。
そんな澪を横目に久我山は、小さくため息を吐く。そして、前を見据えたまま静かに告げた。
「俺らとおまえじゃ住む世界が違うからな」
「っ……そう、ですね」
当たり前の言葉。それだけで、澪の心は苦しくなる。やはり、あの日にした自分の行いは過ちで、今この瞬間もここに存在すること事態イレギュラーで。
「おまえの想像以上にやべぇことが横行してるし、今日みたいに死ぬ思いもそりゃする」
「本当ですね。乙女ゲームや小説の中とは、まるで違う」
ただ、楽しいだけを切り取った日常ではない。ときめきだけを覗いた世界ではない。そこに生きてる人がいて、汚い部分や怖い部分が確かにあって、その中で逞しく生き延びている。
凛達を見ていて、わかる。主人公なのは彼女たちのような人間なのだと。自分のような眺めているだけの、パッと出の脇役は物語を盛り上げるだけの要素に過ぎないのだと。だから、ここにいる……必要はない。
今まで通りに、遠くから眺める位置に戻らなければならない。
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見える傷より、
見えない心のほうが厄介で。
それでも、君が笑うなら
痛みさえ、
魔法になると思えた。
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