夜を導く光、それは赤い極道でした。
【第5話】君がいるから
扉を開けて入った部屋は、洋風な内装だった。この屋敷に突然の洋風には驚くが、そういえば信昭と千代子の部屋も似たような感じだったのを澪は思い出す。
部屋の奥に行くとベッドがあり、そこに寝ている真次郎。静かに側に寄っても、起きる気配はない。これでは襲われて命を落とすのでは?と変な心配をしてしまう。
澪は真次郎の顔を見つめる。長いまつ毛。綺麗な肌。今は瞼で閉じられていて見えない緋色の瞳をもつ男の子。
自分を救ってくれた、かっこいい男の子。
ずっと、感謝しかない、大切な人。
それなのに、辛そうな顔をさせてしまった。
「ジロ……」
澪はベッドの横に座り真次郎の顔の近くで囁く。
「ジロ……助けてくれて、ありがとう」
寝ている相手に届かないとわかっていても、彼の姿をみたら言わずにはいられなかった。布団から出ている右手にそっと触れる。ピクッと動く気配がした。
起きるのかもしれない。そうしたら、どんな表情をするのか。また歪んだ顔をみせるのか。
「ジロ……」
それでも、伝えたい。
「わたしは、この世界でジロに会えて……うれしい」
ここはあなたが言うクソみたいな世界だけではないから。
「だから、自分を責めないでください」
あなたが悲しむのは辛いから。
「笑ってください」
その横に、いさせて欲しいからっ……。
「笑って、隣に……いてください」
震える声音は、自分だけしか知らない。でもこれが伝えたい本当のことだから。顔を合わせたら嫌な思いをさせるかもしれないから。
でも、どうしても伝えたかったから……。
「ねぇ、ジロ?」
こんな、形でしか……失いたくないという想いを告げられないことを赦してほしい。
「わたし……ジロと、一緒にいたいっ」
俯いて絞り出すように唱えた言葉は、静かな部屋に響いた。
「……ふざけんなよ」
その声に目を見開く。触れた手が握り返される。思わず顔を上げると、真っ直ぐに向けられる緋色の瞳。
「勝手なことばっか、言ってんなよ」
「ジロ、いつから……」
起きていたと尋ねるのを遮り、真次郎は答える。
「はじめから。おまえが、部屋に入った瞬間から」
「それじゃあ、その……え?」
「なんなんだよ、おまえほんと」
上半身を起こした真次郎は澪を見つめたまま。握られた手は繋がれたまま。
「俺がどんな思いで、おまえのこと考えてたのかもしらないで」
吐き捨てるような言い方のはずなのに、声音は酷く優しい。
「ここにいたら、そんな怪我だけじゃすまなくなる。それでも……おまえ、いいのかよ」
澪の首に触れて真剣な眼差しを向ける真次郎に、澪は頷く。同じように真っ直ぐに見つめ返して。
「いつか離れるなら、もう少しだけ……」
御伽話のシンデレラのように、魔法が解けるその時まで……
「ジロと、みんなと……一緒にいたいです」
澪の言葉に真次郎は眉根を寄せた後、はぁっと大きなため息を吐く。
「やっぱ、おまえいるべきじゃねぇよ」
「ジロっ!」
「……これ以上いたら、帰せなくなるだろ」
「え?今なんと?」
真次郎の呟きは澪には届かなかった。けれど、真次郎の表情は辛そうではなく、目を細めて笑っていたから……
「なんでもねぇよ、ばーか」
「痛っ!人のおでこに何をするんですか?ヒビ入りましたね、慰謝料です」
「言ってろ。あー、シャワー浴びるか」
出会った時と同じ、少し意地悪な真次郎の姿に澪は自然と頬が緩む。そして、未だに繋がれたままの手を軽く上げてみた。
「シャワーに行くのでしょう?そろそろ離してくれませんか?」
「あ?なに、嫌なの?」
「このままだとわたしもシャワーをご一緒することになりますが?」
「別に構わないけど?おまえの幼稚な体みても何とも思わねーから」
「セクハラですねジロ。昼間から堂々と。これはくーちゃんとまっつんに報告します」
「おい、やめろよ」
「きっとダブル筋肉で締められるでしょうね」
「あいつら手加減しらねぇからほんとやめろ」
「ああ、そうだ。龍臣さんにも言っておきますね」
「おい、兄貴はマジでやめろって。俺が干される」
「そこから、お凛さんや千代子ママ、栞さんに伝わり……のぶ兄さんにトドメを刺してもらいましょうか」
「だー!悪かったって!離すよ!離せばいいんだろ!」
ふざけ合った末に手を離された澪は、真次郎とのやり取りがおかしくて笑ってしまう。この楽しさが、ここの非日常だと理解している。
けれど、今だけは──……
「ジロ」
「あ?なんだよ」
「また、繋いでくださいね」
揶揄うように澪が右手をヒラヒラさせれば、口元に弧を描いて「ばぁーか」と言う真次郎の姿がそこにあった。
────
繋がれた手に 理由はいらない。
ただ、離したくないと願っただけ。
言葉は震えて 勇気は零れた。
それでも伝えた「ここにいたい」と。
笑ってほしい、あなたに。
泣いていたのは わたしのほうだったくせに。
誰かの世界で 脇役でいい。
けれど、あなたの隣では、
ほんの少しだけ 主役になりたかった。
Fin