夜を導く光、それは赤い極道でした。
Lux11:不穏なスタート

【第1話】日常の音、君の声



 ねぇ、これは自由?

 誰かに選ばれるのが、幸せだと思ってた。
 優しさも、笑顔も、全部ホンモノだと信じてた。

 でも──
 気づいてしまったんだ。

 望まれるってことは、
 閉じ込められるってこと。

 “あのとき”見上げた光は、
 本当に外から差していたのかな?

 ──ねぇ、教えて。
 私がいたのは檻の中? それとも……


 ────


 
 月曜日、朝。(みお)は制服に身を包み、極道の屋敷内の廊下を優雅に歩く────……


 なんてことはせず、駆け抜けていた。

「ヤバいヤバいヤバいヤバい」

 そう譫言のように呪文を唱えて玄関まで急ぐ。

「あら、澪ちゃん。おはよう」

「あーー!千代子(ちよこ)ママ!おはようございます!」

「そんなに慌てて、もしかして寝坊?」

「御名答です。今まさに私最大のピンチです」

 屋敷の共有広間で優雅にコーヒーを飲んでいる千代子に、説明する間も謎に足踏みをしてしまう澪。話はしたいが、体は急ぎたいというチグハグな演出をしていた。

 そんな澪を見て微笑む千代子は、ふと澪の首に目をやる。

「よかった。あまり、目立たないみたいね」

「ああ、傷痕(これ)ですか。はい、少し首を動かした時につっぱる感じがしますが、まあ問題ありませんね」

「痛くないならよかったわ。心配したから」

「その節はいやはや、ありがとうございます」

 深々と頭を下げる澪に微笑みを絶やさない千代子。なんだかのんびりしてしまう雰囲気に澪の気も緩み始めた頃「おい」と背後から低い声が呼びかける。

「あ、くーちゃん」

「おまえいいのか?時間」

「なんと!大変です!それでは、千代子ママ行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 千代子に手を振られながら、澪は久我山(くがやま)と共に玄関へと向かった。靴を履いて外に出ようとした瞬間、澪は何かを思い出したようにハッとした後、屋敷の中へと振り返る。

 そして息を吸い、顔を屋敷に向けて──()()()





 

「いってきま──ああああああああああああす!!!!」

 



 

 澪の突然の咆哮。間近で聞いた久我山は耳を押さえ「うるせぇ!」と負けじと叫んでいた。


 



「お?この賑やかなのは澪だな」

 屋敷の離れでは、澪の声を聞いた龍臣(りゅうしん)が窓の外を眺めながら呟く。その声音は楽しそうで、朝食の片付けをしていた(りん)も口角を上げていた。

「あんな屋敷中に響く挨拶、うちのもんにも見習わせなあかんな」

「男の野太い声はちょっと……」

「そこはレッスン受けてもろて声優顔負けのボイスチェンジで」

「それでも低い声には変わらないじゃーん。女子高生の明るい声がいいんだよ。ほら、朝からこっちもやる気がでる」

「え?龍臣さんまさか……ろ◯こん?犯罪やで?」

「違うから!俺は凛ちゃん一筋よ!?」

「バカなこと言っとらんと、さっさと支度」

「えー?冷たいー」

 そんな風にやり取りする二人とは、また別のところ……


 
 

「なに?今の騒音」

 部屋で朝食を食べながら眉根を寄せる(しおり)。その横にニコニコと立っているのは松野(まつの)。自分の作ったものを食べてもらえたことにうれしさを隠せない様子で眺めている。ちなみに、メニューは和食。

「この声は澪ですね。朝から元気……あ!」

「うるさい」

「すみません。やってしまったと思いまして……」

「今度は何をやらかしたの」

「澪のお弁当を作ったんですが、渡すのを忘れてしまいました」

「呆れた。頼まれた仕事も真っ当にできないのね」

「いえ!絶対に届けますよ!澪がお腹を空かせてしまいますからね!」

「ないならないで、あの子ならどうにかするでしょ」

「ああ!でも今日は絶対に抜けられない仕事がっ……秒で片付けてダッシュすれば……いやでも返り血つけたまま澪の学校に行けないし」

「……聞いてない。やっぱり駄犬だわ」

 呆れる栞の冷たい眼差しを受けているのに気づかない松野。それとはまた別のところ……

 

「あいつ……ほんとアホだな」

 若頭の執務室を目指して屋敷の廊下を歩く真次郎(しんじろう)は、その聞き慣れた声に悪態をつくものの表情は柔らかく。昨日部屋にまで押しかけた彼女とのやり取りを思い出していた。

 危険な目に合って、怪我までしたのに、それでもここにいたいと口に出して願った澪。隣にいたいと望んでもらえた事実。こんな世界に連れ込んだのに、感謝しかないというのだから思考がイカれている。

 思えば最初から、変に度胸がある奴だった。そもそも危険だという噂がある場所に自分から足を踏み入れてくる好奇心。玩具と勘違いしてピストルをぶっ放す落ち着きのなさ。終いには死ぬかもしれないのに、人に持ち運ばれながら笑って……

 アホみたいな発言で口は減らないし。人の瞳の色をかっこいいなどと(のたま)って、挙げ句の果てには離れたくないだとか、一日一回は顔を合わせることを喜んだりするものだから、反応に困る。

 よく知りもしないのに妙に信用してくるところも、驚きを超えてすごいしかない。

 

 真次郎は澪のことをよくは知らない。まだ出会って数日なのだから当然だ。でも思い浮かべると溢れ出てくるものは偽りではなくて……

 

「あー!ないない」

 真次郎は自身に言い聞かせるように、わざと大きな声で否定し、頭を横に振った。

 ()()()()()1ミリも考えるだけ無駄である。

 だって彼女は、いずれ去っていく人物。
 ここにいてはいけない存在。
 手を伸ばしたところで、スルリとすり抜けてしまう。

 間違っても、何があろうとも……絶対に、思い焦がれてはならない相手。


 でも……ふとした時に、淡い期待を抱くのは、もう言い逃れできない。
 澪の存在は真次郎の中で確かに存在している。

 それでも──、

 

「……ありえねーわ」

 



 ────

 誰かの声が、朝を知らせる。
 まだ夢の中の誰かのために。
 手を伸ばした。届くはずないのに。
 ……それでも、今日も笑っていた。
 
 
next
< 50 / 61 >

この作品をシェア

pagetop