夜を導く光、それは赤い極道でした。
【第2話】牙を隠す者たち
「なにが?」
その声音に真次郎は目を丸くして振り返る。そこにはこの組のNo.2、信昭が悠々と立っていた。
「さっきの声、澪ちゃんだよね?怪獣みたいで驚いちゃったよ」
「──おはようございます」
「うん、おはよ」
信昭はニコニコと普段通りの笑みを浮かべていた。正直、真次郎は信昭が苦手だ。その貼り付けた笑みの下で何を考えているのかわかったものではないから。
「今日は学校かー。真次郎にはとことん縁のない場所だねぇ」
「嫌味っすか?」
「いやだなー怖い顔しないでよ。ただの感想じゃん」
信昭の話し方はいつも隙がない。相手の心に針を刺して通り過ぎていく。
今もそう。非行に走りまともに高校生活を送ったことがない真次郎の生い立ちを知っててあえて口にするのだから。
「真次郎はさ、澪ちゃんのことどう思う?」
そんな信昭から、わざわざ澪の名前が出た。真次郎が警戒しないわけがない。龍臣のこと以外は情で動かない利己的な人間である彼が、ただのお荷物状態の澪をよしとしているはずがない。
「澪ちゃんってさー、不思議だよねぇ?なんかさ、前からいたみたいに俺たちの懐に潜り込むの。あれってコミュ力っていうの?才能?」
「さあ?ただの考え無しのアホだからできる行動じゃないっすか?」
「アホなんて可哀想だよ。普通に生きてて急に極道に狙われた不幸な子なんだからさ。もっと優しくしないと」
微笑んでいるのに胡散臭いと真次郎は思えてしまう。きっとそれすらも計算のうち。相手が何を思いどう動くかまでを組み立てるのがとてつもなく上手いのが、信昭だから。
「──そろそろ元の場所、恋しくなる頃じゃない?」
「……そうっすね」
「あれ?意外。真次郎は澪ちゃんを引き留めておきたいと思ってたのに」
「まさか。さっさと追い出すのに一票っす」
真次郎は笑顔の仮面を貼り付けた。とにかく心情を悟られないように。下手に反応して、現状の澪の立ち位置がこれ以上不安定にならないように。
澪が何にも囚われず安心して暮らせるように……その想いは本当なのだから。
「ふーん……ま、それならいいけど」
信昭は真次郎の横を通り過ぎようと歩き出す。絡み合う視線。互いに逸らさない目線での攻防。
「──自分の立場、忘れないでね?」
静かに、けれどハッキリと告げた信昭のその声音には、色がなく。ただ、無機質に冷たく真次郎を刺していく。
返事など求めてはいないのか、そのまま去っていく足音を耳にしながら真次郎は拳に力を込めてぐっと握った。
「んなの……わかってんだよ」
小さく、想いを吐き捨てて──。
******
「悲惨な大事件です」
「は?どうした?腹痛か?」
久我山が運転する車の後部座席で、この世の終わりのような言葉を呟く澪に怪訝そうな顔つきの久我山は、一応声をかけた。大抵どうでもいいことを言い出すのは短期間でも予想済みだからである。
「忘れました」
「なにを?」
「お弁当です」
「はぁ?」
案の定、次に澪の口から出た言葉に久我山は呆れ返った。
「んなの、購買でパンでもなんでも買え」
「まっつんのお弁当ですよ?あの美味しいまっつんのご飯を学校でも味わえる予定だったんです。それが打ち砕かれたこの私の気持ち……」
「大袈裟すぎんだろ」
「考えてもみてください。今日のご飯はローストビーフの予定だったのに卵かけご飯になったようなもんですよ?この落差!」
「卵かけご飯に謝れ」
「残念ながら私はふりかけご飯派なんです」
「どうでもいいわ!」
「くううっ……まっつんの連絡先を入れておけば……届けてもらえたはずなのに」
「あいつを便利屋みたいな扱いすんな。つーか、俺ら幹部の連絡先は入れといた方がいいな。俺が動けねぇ場合もあるし」
「え?私の護衛なのに?」
「おまえを守ってて動けねぇ場合の話だよ」
澪は確かにと納得した。万が一というものが世の中にはある。どうせなら、幹部だけではなく凛達のも教えてもらおうそうしようと考えていると、学校に着いた。時間はギリギリである。
「ありがとうございました!ではまたあとで!!」
「おう、なんかあったらすぐ連絡しろよ」
「はーい」
澪は車から降りるとダッシュで教室まで駆けていく。階段をのぼった2階に3年の教室があるのは今日みたいな日は最高にラッキーだ。
「セーフ!」
「澪、遅かったじゃん」
「おはよー」
「おはよ、はぁ……疲れた」
始業1分前。自分の席に着いた澪は鞄を置きだらしなく机に頭を乗せた。それを見て友人達は笑う。
教師がきて、HRが始まり授業へと続くと、これが日常だったなと改めてこの数日の生活の濃さに澪はため息を吐いた。
ここにいる友人には何一つ話はできない。きっと巻き込むことになるから。
なんか、秘密任務みたいでワクワクする。
「ふふっ……ふふふ」
「先生ー、澪の不気味な笑いで集中できませーん」
「澪ー、現実に帰ってこーい」
悲観的になどなるわけもなく、ただクラスメイトに変人の名を色濃く残した澪であった。
────
やわらかな日常に、
鋭く尖った視線が忍び寄る。
けれど彼女はまだ知らない。
この穏やかな朝が──
一歩ずつ、終わりに近づいていることを。
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