夜を導く光、それは赤い極道でした。

【第3話】お昼のヒーロー



 午前の授業が終わり、ランチタイム。当然、澪はお弁当がないから買わなければならない。一階にある購買へ急ぐが、この昼の時間は争奪戦。そう、ここは戦場である。

「クリームパン!サンドイッチ!」

「カツサンド!」

「メロンパン!レモンティーも!」

 我先にと注文を叫ぶ中、澪もその凄まじい人の波の中へ飛び込む。押されては前に、退かされては進み。それを繰り返してようやく一番前に辿り着いた頃には……

 

「なんと!!何もっ、ない!?」

 

 戦場で生き残れなかった敗北者と化していた。

 

「そんな……私のお昼」

 澪が眉を下げて落ち込むと、目の前に出される焼きそばパン。見上げれば、亜麻色の髪がサラリと揺れる購買のお兄さんの笑顔。
 

「澪ちゃん、いっつもこれ頼んでるから内緒で確保しといたよ」

()()()っ!!ありがとうございます!この感謝はチョコに匹敵するレベルですよ!」

「最高級ってことね?オーケー」

 澪から(こう)くんと呼ばれた男は爽やかな笑みを浮かべている。澪の入学当初からこの購買の顔として商品を売っている彼は、二重のその整った顔立ちとノリのよさから生徒への人気も高い。

「いつも朝寄ってくのに珍しいね、寝坊?」

「その通りですね。布団が私を抱きしめて離さなかったものですから」

「うわー、それはお熱いことで」

「相思相愛なもので」

 代金を払い少しの世間話をするような仲の2人。もともと澪の突拍子もない「あなたがお噂のイケメン店員ですか?」という声かけから繋がった縁。

 話せば話すほどテンポもよいし、楽しい。(こう)の話は興味深く惹かれるものがあった。倖自身も澪と話すのは退屈しないからか、今では2人は購買の人と生徒というより歳の離れた友人のような関係である。

「あ、そうそう。なんか最近ここいら変な奴うろついてるみたいだからさ、帰りとか気をつけなね」

「そうなんです?さっすが、倖くんは情報通ですね」

「まあね。ここにいるといろんな噂話が飛び込んでくるから。小さいものから大きなものまで、どんなに、隠してても──ね」

 倖の含みのある言い方はいつものこと。ミステリアスを醸し出すのもイケメンの技の一つかとそんな風に澪は思っていた。

「ところで澪ちゃんさ、最近車できてるよね?なんか、黒い高級そうなやつ」

「あー、それが……」

 
 

「ねぇ、めっちゃイケメンじゃん」

「何してるんだろ?」

「ワインレッドのスーツとかオシャレーなかなか着こなせないよね」

 何やら女子の(ざわ)つく声に澪は耳を傾ける。というか、イケメンやらワインレッド……つまり赤のスーツという単語に気が取られた。

 なんとなく、知り合いを思い起こさせる色のスーツだから。

「澪ちゃん?」

「あ、すみません。えーと、なんのお話してましたっけ?」

 倖との話の途中だったことを思い出し、澪は答えるがやはり意識は女子の話へと向いてしまう。そんな澪の様子を察して倖は、ふっと笑うと「見てきたら?」と一言。

「え?」

「気になるんでしょ?澪ちゃん我慢できないじゃんそーいうの」

「私、大人の女性なので我慢できますよ?」

「うーわ、どの口がかな?」

「このキュートなお口ですね」

「はいはい。いいから、ほら」

 笑いながら澪に「行ってきな」と声をかける倖は、やはり誘導もスマート。これがイケメンがモテるという理由の一つかとまたしても納得して、澪は噂の人物がいる校門へと向かった。



 門に背を預けて気怠そうに寄りかかる人物。それは女子達が噂していた通りの色のスーツを身につけている、澪のよく知る人物だった。


 

「ジロ!」

 名を呼ばれた真次郎は澪へと顔を向け「おー」と少しだけ口角を上げる。

「何してるんです?ここ学校ですよ?」

「アホのおまえ宛にお届け物」

 澪は思わず笑いながらも、ほんの一瞬だけ目を細めた。会えたことがうれしい、それをうまく言葉にできず──

「もしや……ジロデリバリーですか?」

「んだそのダセェ名前」

 呆れながら真次郎は手に持つ包みを澪へと渡す。青色の布で包まれたそれは松野が作った弁当だった。

「あああ!これは!私のローストビーフ!」

「いや、弁当にそれはねぇだろ」

 真次郎の冷静なツッコミも聞いていない澪はうれしそうに弁当を抱えて今にも飛びそうだった。

「ありがとうございます!ジロは救世主ですね」

「大袈裟じゃね?まあ、感謝しろよ俺がわざわざ届けにきてやったんだからな」

「よ!弁当のヒーロー!」

「おい、急にダサくなったぞやめろ」


 テンポよく2人の会話は弾む。
 澪はただ、“楽しいな”とこの当たり前に会話をできる喜びがうれしくて、仕方がなかった。
 ほんの少し前まで、こんな風に笑うことさえ怖かったのに。


 ────

 軽やかに笑って、軽やかにすれ違う。
 だけど、その瞳の奥に──
 微かに灯る、火のようなものが見えた。
 これは、ただの“楽しい”だけじゃない。
 きっと、それは……もっと複雑な色をしてる。

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