夜を導く光、それは赤い極道でした。
Lux12:倖
【第1話】選ばれるなら、誰の姫?
たぶんこれは
名前をつけた途端に
壊れてしまう何かだ。
わたしが気づけば終わる。
あなたが気づけば始まる。
だから今はまだ、
何も知らないふりをしている。
────
Q.購買部のお兄さんとは?
A.イケメンスマートな26歳独身
Q.情報通なのは?
A.買い物にきた生徒や教師といろんな話をするから
Q.秘密の部屋とは?
「──で?」
「で?と言われましても……今話した通りなんですが」
澪は購買部の中に入り、パイプ椅子に座っている。口には松野お手製のお弁当のおかずの一つである卵焼きを入れて。
倖に連れて行かれた先は、いつも買い物をしている購買部だった。いつもと違うところといえば、店の中と外でのやりとりが、店の中オンリーになっているというところ。
「ふらっと興味本位で立ち寄った場所に、たまたま抗争中のヤクザに出会して、そこをさっきの彼に助けてもらった、と」
「かっこよかったですよ。私のこと、ひょいって抱えて走ってくれて」
「逃げただけでしょ」
「おかげで私は助かりましたから結果オーライです」
澪と同じようにパイプ椅子に腰掛けて腕を組む倖は確認するように澪の辿った軌跡を唱える。先程自分で話した内容だが、他人から聞くとまあまあ愉快なことをしているなと思えるから不思議だった。
「それで、敵組織に顔が割れてるからって理由で面影庵の保護下に今現在いると」
「みなさんとっても優しいですよ。組員の方もくーちゃんが護衛……あ、幹部の方なんですが、そのくーちゃんが常にそばにいてくれるから私のこと把握してくださってきたようで。ご飯もおいしいし、快適です」
「いやいや、能天気すぎるでしょ」
「まるで小説や乙女ゲームの世界ですよね。“極道に溺愛されてます!誰か一人なんて選べません!”的な」
「澪ちゃん溺愛されてるの?」
「いえ?とくに」
お弁当をせっせと食べる澪は、よほどことの重大さには気づいていないのだろう。ここまで図太いと、さすがに倖も笑えたのか「まあ、とりあえずいいや」と澪の現状を受け入れていた。
「でも、それなら早く片付くといいね。そうしたら澪ちゃんは彼らとはおさらば。縁もスッパリ切れて平穏な日常のリスタート」
「本当にいい人たちですよ?」
「関わらない方がいいのも確かだよ」
倖はいつも通り優しい声音だが、澪の意見を聞く気は一切ない。澪はどうすれば伝わるのか考えてみるものの、なかなか案が浮かばない。倖の言うことも間違ってはいないと理解できるから。
「私も、ずっとこのままとは思ってませんよ」
「どうかな?澪ちゃんのことだから“話のネタ”とか言ってウキウキはしてるよね?」
「おや鋭いですね」
「ネット小説面白いから自分でもなんか書けないかなー、いいネタないかなーって前に言ってたからね。そう考えると、澪ちゃんにとって今の環境は最高にネタだろうし」
「そうなんですよ。アダルティなラブがそこかしこに。歪んだ関係性は私にはよくわかりませんがね」
「あ、そこはバトルものじゃないのね」
「私シンデレラを夢見る乙女ですので」
「ははっ、面白い冗談いうね」
澪がたびたび口にするシンデレラのワード。最初こそ、ただのお伽話の一つとしてしか思っていなかったかそれ。次第に口にすると言霊とでもいうのか、だんだんとその気になってはきていたから不思議である。
「倖くんは、シンデレラの中ではなんの役割でしょうね」
「え、澪ちゃんガチなの?」
「かぼちゃの馬車はもう埋まってますし、倖くんっぽいキャラ……うーん」
「それこそ俺なんて王子一択でしょ」
ニコニコ笑う倖は本気なのか冗談なのかよくわからない。けれど仮に本気だったとして、倖が王子だったらと考えてみる。
スマートでイケメンで正統派王子の名に恥じない倖。エスコートも完璧で、それこそ幸せいっぱいのお姫様になれることは間違いない。
けれど…….頭の中に思い浮かぶ顔がある。明確な想いはよくわからない。なのに、霞もしない。
「ねぇ、倖くん。倖くんって、モテますよね」
「急になにー?そりゃあ俺は引くて数多だよ」
「自分で言っても否定できないから、もう一流ですよねモテの」
「澪ちゃんそれ褒めてるの?」
「もちろん。そんな倖くんに相談なんですが」
「お?どしたどした?なーんでも聞いてよ」
「ふとした時に思い浮かぶ相手は、自分の中ではどのような対象だと思います?」
澪の何気なく口にした質問に倖は笑みを浮かべたまま少し固まる。その時間は数秒。
「えー……澪ちゃんのそれってさ、たとえばどんな時に思い浮かぶの?ほら、ふとした時っていってもさ?いろいろあるでしょ?」
「んー、そうですね。シンデレラの王子様にするなら彼かなと思うような時に?」
「はい、ストップ。それ完全に答えでてるよね?え、なに?澪ちゃん、わざと?」
「どういうことです?」
首を傾げて焼きそばパンを頬張る澪に倖は「んー」と思案して、ニッと口角を上げる。
「澪ちゃんはシンデレラになりたいんでしょ?」
「乙女の夢ですね」
「その相手役は王子様だよね」
「そうですね」
「つまり、澪ちゃんがその相手にお姫様扱いして欲しいってことでしょ?」
「いやだな倖くん。お姫様にはなれませんよ、ガラスの靴もドレスもありません」
「んー、特別になりたいって解釈かな?この場合」
「……特別?」
それは、誰かに選ばれたいという意味? それとも──自分から、誰かを選ぶということ?
倖の話を冗談半分で聞いていた澪は、特別という単語が引っかかった。確かに一緒にいたいと願った。失いたくないと、そればかりが前に出て。
けれど、彼とどうにかなるという考えは一度も思いつかなかった。
────
──ガラスの靴は、誰の足元に残される?
選ぶはずじゃなかった。
恋なんて、物語の一部だと思ってた。
けれど、“ふと浮かぶ顔”に名を与えたとき、
少女はもう、選ばざるを得ない。
王子様なんて信じてなかったのに。
──なのに、ね。
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