夜を導く光、それは赤い極道でした。
【第2話】これは“恋”ですか?
「え?私ジロの特別になりたいんですかね?」
「いや、知らないけど。ていうか、ジロってさっきの彼だよね?」
「そうですそうです。もう覚えてくれたんですね。さすが倖くん」
「俺、人の顔と名前覚えるの得意だし」
「声もですよね。よくその声はーってお名前当ててますし」
「天才だったかな。じゃなくて」
澪のペースに呑まれかけて、倖は違う違うと手を横に振る。
「澪ちゃん、彼とは関わらない方がいいって言ったばっかりだけど?俺」
「そうでしたね。でも、もし特別に思ってるなら無理な話では?恋は止められないって言いますし」
「待って待って、澪ちゃん恋してるの?」
「いいえ?」
「でも王子様は彼だと思ってる?」
「んー……消去法では、そうですね」
「ということは、彼でなくてもいい?」
「倖くんでもってことですか?」
澪は考える。特別に思ってもらうということはつまり恋人ということで。恋人がすることといえば、少女漫画や恋愛小説から推測するにボディタッチ。それを踏まえて想像する。倖と手を繋いだり、抱きしめ合ったり……
「倖くんとは手も繋げて、ハグもできそうです」
「お?なになに、熱烈だね」
「でもそれはなんと言いますか……サッカーの試合で優勝したのを見たファン同士のやり取り的な?」
「完全に友情とか親愛の類じゃん」
呆れながら、倖は「じゃあさ……」と意地悪く笑って唱える。
「ジロくんには?どこまで、できるの?」
「ジロと……」
澪は真次郎で想像してみた。まず、いつもの真次郎とのやりとりを思い出す。テンポよく進む会話。何かしらツッコむ真次郎。ただ楽しい。ふざけてプロポーズとか言っても冗談として流す関係。そもそも甘い雰囲氣にならない。
「なんか、普通の会話を延々と続ける自信が強すぎて、そこから先がイメージし難いです」
「えー?じゃあ、手を繋ぐ心配はないかな」
「あ、手は繋ぎました」
「は?」
「なんなら、壁ドンも」
「ん?」
「抱っこ?といえるのか謎ですが、抱えられたこともありますね」
「ええええ、と?そこまではしてるの?」
「え、はい」
「それ以上は、さすがにないよね?爆弾ぶち込むのやめてね?」
「ないですよーこれより先はハグとかキスとかに……」
澪は自分で言って脳内で思い描いてしまった。真次郎が真剣な眼差しで見つめてくる。……あれ? なんでこんなに、ちゃんと顔が思い出せるんだろう。
そう不思議に思いながら、すっぽりと抱きしめられ、近づく顔。
その緋色の瞳とまつ毛の長さに驚いて────
「っ!!?」
「わぁお!どうしたの急に」
立ち上がった澪にオーバーリアクションをする倖。わざとらしく両手をパーにして目まで丸くしている。けれど澪はそれどころではない。
「いえっ!なんでもっ……そう、これは幻!私の頭の中で起きたことは現実ではない!戻れ戻れリアルに」
「澪ちゃんもしかして……想像しちゃった?」
「いえいえいえいえ?なにを?なにも?」
「あー、しちゃったかー。それでそんなにねぇ、へぇ?」
倖は目を細め、口元に笑みを浮かべる。その新しい玩具を見るような目つきに思わず澪は言葉を詰まらせる。
何を言ったところで揶揄われるのは間違いない。
「もう、澪ちゃん確定じゃん」
「違いますっ、私は……ジロのことは何も」
「でも、澪ちゃんは嫌じゃなかったんでしょ?」
「っ……やめましょう。この話は私には大人の階段すぎます」
澪はそそくさと弁当を片付けて、立ち上がる。スマホで時間を確認するともうすぐ昼休みが終わりそうだ。
「でもさ、澪ちゃん。俺はやっぱり彼らとは早く縁を切ることをオススメするよ」
倖がキッパリと告げる。その態度は一貫して変わらない。
「澪ちゃんが、もし本当に恋に落ちてるなら尚更ね」
「落ちてません」
「どうかなー?まあ……その時はさっきも言った通り──……閉じ込めちゃうから」
にんまりと意地悪く笑う倖は、いつも通りなのに何か違う。優しい笑顔のまま、瞳だけが澪をじっと射抜いていた。澪は少し不思議そうにして、倖の発する言葉の意味を考えた。
檻とは、どういう意味なのか。精神的な縛り?それとも物理的な隔離?どちらにしろ不穏な感じは否めない。
「そういえば、倖くんは私を“秘密の部屋”に案内するって言いましたけど。結局購買部の中でしたね。あ、もしやココが秘密の部屋です?確かに今まで入ったことはないので、あながち間違ってはいませんよね」
澪が閃いたとばかりに顔を明るくさせる目の前で、薄く笑う倖。何かを含んだような笑みは、澪の背筋をゾクっとさせた。
「さぁ?どうだろうね」
「もったいぶりますね、大変気になります」
「そこが俺の魅力的なところだよね」
「ミステリアスイケメンの名は確かと……」
「俺って罪作りな男だなぁ」
普段のようにノリの良さを見せる倖に澪は安堵した。先程の寒気……勘違いだなと思うことにして、そのまま荷物を持って扉まで行く。その背にかける倖の声音は、変わらず優しいまま。
「まあ、何かあったらいつでもおいで。ここに」
「秘密の部屋に、ですか?」
「そう、俺がきみの助けになるところ」
「なんだか無敵な気がします。倖くんのお悩み相談室ですね」
澪の発言に倖は目を細める。そのまま小さく何かを唱えたが、澪にはよく聞き取れなかった。
「え?なんです?」
「……んー?いや、なんでもないよ。それより、急いだ方がいいね」
倖が腕時計を見せ、その示す数字に澪は「わぁお」と慌てる風を装って、扉に手をかける。
「それでは倖くん、また今度」
「はーい。澪ちゃん……気をつけてね」
手を振る倖に同じように振りかえして澪は教室へと戻っていった。
──その“無敵”が、誰かにとって“無防備”であることを、彼女はまだ知らない。
────
──甘い夢に、鉄の鍵。
ふと浮かぶその人の名を、
心はもう隠しきれない。
触れてみたい。けれど、怖い。
だってその指先は、
いつか誰かの檻になる気がして。
それでも、なぜだろう。
扉の向こうに立つ彼を、
私は“救い”だと信じてしまう。
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