夜を導く光、それは赤い極道でした。
【第3話】触れてしまった予感
下校時間。澪は久我山の迎えで車に乗り、後部座席で昼間のことを考える。あの時小声で聞き取れなかった倖の言葉。よくよく思い出すと最後の言葉は否定的な感じだった気がして、いろいろ思い浮かべてみる。
〜じゃないよ。そんな風に言っていたような……。
そんなたいしたもんじゃないよ?
誰にでもしているわけじゃないよ?
悩み出したらキリがない。
「うんうん唸ってどうした。また腹痛か?」
「そんなしょっちゅうお腹ダメージ負ってるみたいな印象なんです?健康ですけど」
「チョコばっか食ってるから遂にイカレたかと思ってよ」
「残念!チョコは健康食品でした。回復アイテム」
「それは間違いねぇ」
「さすがくーちゃん、話がわかりますね」
こうして気軽に久我山との雑談を楽しめる現状。これが、よくないことだと倖はいう。確かに普通の状態ではない。極道の世界の恐怖は先日身をもって澪は体験した。
それでも、いい人たちなんだけどなと思うのは間違いなのか。澪は一人一人を思い浮かべ……真次郎に辿り着く。呼べば振り返るその表情。少し意地悪そうな笑みと、優しい眼差し。
「そういや、真次郎が届けたんだってな。弁当」
「っ……え!?ジロなんて何とも思ってないですよ!?」
「はぁ?何言ってんだおまえ」
タイミング悪く真次郎の名前を出されて澪は過剰に反応してしまった。久我山は澪の態度に怪訝そうにしながら、話を続ける。
「おまえのために作ったのにーってオロオロしてた松野の代わりに自分で行くって言い出してたぞ、あいつ」
「へぇ……ジロが、自らとは。てっきり頼まれてイヤイヤきたのだと」
「んなことねぇだろ。おまえのことなんだから」
「なんです、その言い方。まるで、ジロが私のことは優先度高いみたいに言うじゃないですか」
「実際そうだろうが。あいつにとって、おまえは特別だろうよ」
久我山の発言に澪は目を丸くする。どう反応すればいいのか、わからない。普段なら普通に何も考えず言葉を返せていたはず。けれど倖に言われて意識をしてからというもの、うまく言葉が出てこない。
何気なく話してるだけでも、必ず目を合わせてくれる彼。
アホみたいな内容でも、つっこみつつちゃんと聞いてくれる彼。
どんな状況でも、一切見捨てようとしなかった……彼。
ジッと見つめてくるその緋色の瞳が、たまらなくドキドキする──彼。
……ちがう、そんなはずないのに。
「っ……セクハラです。くーちゃん、セクハラです!」
「なんでだよ、なにがだ」
「もう禁止です。私を惑わすのはやめてください」
「おまえ本当何言って……はーん?」
何かを察したのか久我山の声音がニヤついたのが澪にもわかった。違うと訂正する間もなく久我山が喋り出す。
「おまえも普通の女子高生みたいなメンタルあんだな」
「やめてください、何言ってるんです?くーちゃんボケました?」
「いいんじゃね?普通だろそんくらい」
「違います!ジロのことなんか何とも!そんな、恋愛的な意味の好きとかじゃないです!」
「恋愛なんて、一言も言ってねぇけどなぁ……なるほど、やっぱ真次郎か」
久我山に指摘されて澪は一瞬、言葉に詰まる。頭ごなしに否定してしまう理由が澪本人にもよくわからない。
それでも、きっと……こんなにも反論したいのは──
誰よりも、自分の気持ちに気づきたくないからだ。
澪は眉根を寄せて、視線を逸らす。
じんわり熱を帯びた頬を、彼女は両手で覆った
「〜っ!意地悪ですよ!くーちゃんは私の護衛なんですから発言は慎むべきです」
「別にこれ以上は言わねーよ。ただ……まあ、いいか」
久我山は口の端を少しだけ吊り上げてから、ぽつりと呟いた。
“どうせ真次郎は、おまえを選ばねえよ”
その呟きは、ハッキリと澪の耳に入る。いや、久我山のことだ。あえて、聞かせたのだろう。
この世界に入り浸るな。そういうメッセージ。凛達にも言われた言葉。真次郎ですら、いるべきではないと告げてきた。
自分が彼らとは違う、一般人だから……
「……そんなこと、わかってますよ」
澪の呟きは、静かにエンジン音にかき消されていった。
────
いつだって、思い込みで笑っていた。
優しくされる理由なんて、考えもしなかった。
気づいてしまったその瞬間から、
“これは違う”なんて、
きっと、もう通用しない。
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