夜を導く光、それは赤い極道でした。
【第4話】触れた温度
屋敷に帰れば、千代子が共同リビングで出迎える。おやつを食べていると自然と話題は今日のことに。
「真次郎くん、優しいわね」
「そうですね……優しいです」
「どうしたの?なにか、気になることでもある?」
千代子は柔らかい笑みを浮かべて、その表情に澪は心が揺れる。自分自身がよくわかっていないことだから。ただ、単に想像だけでこんなに動揺しているだけ。それ、だけなのだから……。
「……千代子ママは、どうしてのぶ兄さんと恋に落ちたんです?」
思わず尋ねてしまう。それだけ気になった。千代子と信昭の歪な関係は見ていてればわかる。信昭の方はよく知らないが、千代子は一心に惹かれている。
「そうね……私には、あの人だけだから」
「それって、好きとか嫌いとかじゃなくて……もっと別のベクトルの感情、ということです?」
「さあ、そんなこと考えたことはなかったわ」
「好きを考えずに恋愛をする?難しいですね」
「ふふ……澪ちゃんにも、わかる時がくるかもしれないわ。離れられない。この人がいない未来なんて、考えられない。そういう人の存在が」
澪は、一瞬、何も言えなくなった。
“いない未来が考えられない”──それは恋と呼ぶには、重すぎる感情だと思った。
けれど、どこかで──羨ましいと思ってしまった。
千代子はコーヒーを口にする。澪はますます自分の感情に迷子になった。
────……
夜、自室で布団に寝転びながら澪は悶々としていた。結局、全ては想像の中で起きたことで実際に何か甘い雰囲気があったわけではない。それなのにこんなに心乱されるのもバカらしくなる。
それもこれも真次郎のせい。そういえば真次郎は一日一回話にくると言っていたが、それは昼間のやり取りでカウントされたことになるのか。
澪は襖の方に目をやる。誰かが通る気配はない。
「……こない、か」
思わず漏れた声音は、酷く寂しげだった。
澪は頭を横に振って、気持ちを切り替える。明日になればまた会える。その時普通に話せるように、変な意識をしないように。そう心がけて、眠りについた。
────……
翌日、澪が玄関に行くとそこには思わぬ人物がいた。
「お、きたか。はよ」
「ジロ……」
「ん?なんだよ、寝ぼけてんの?」
「いえ、びっりして。おはようございます」
思わずぼんやりしてしまった澪に真次郎は笑う。その顔が澪の心をぎゅうっと締め付ける。なんなんだろうこの気持ち。やはり、変に意識をしているからなのかと澪は真次郎をジッと見つめる。
「どした?」
「……ジロって、朝起きれたんですね」
「失礼すぎだろ。起きれるわ」
「万年遅刻マンかとばかり。パン咥えて学校まで走るタイプかと」
「なんだそのふざけたイメージ」
「早起きのイメージないですから。モーニングコールされる側でしょうキャラ的に」
「キャラで決めんな。おまえが寝坊した時に起こしてやんねぇからな」
「えええ、そこは起こして……」
澪は言いかけて口を閉じる。起こしてなんて言えるわけがない。自分を起こしにくる真次郎の姿をイメージしただけで、顔が熱くなる。
「あ?どうした」
「いえ、なにも?」
「明らかに変だろ。つか、顔赤くね?熱か?」
「これは化粧です。赤を塗りたくりました」
「んな、へったくそな化粧するアホいんの?あ、おまえか」
小さく笑って、真次郎はふっと手を伸ばした。
優しい手つきで、澪の額に触れる。
からかい半分だったはずの仕草。
それだけで、澪の心臓は爆発しそうなほどに激しく鼓動が脈打つ。
「ん、熱はないな」
「あ、あの……ジロ」
「あ?どした」
「っ……わたし……」
「おい、遅刻すんぞ」
思わず何かを言いかけた澪の意識を戻してきたのは久我山だった。仁王立ちで睨むように佇む姿が救いの神に見える。澪はサッと真次郎から離れて久我山の方へと向かった。
「お待たせしました!ジロ、行ってきます!」
「おー」
振り返る余裕はなく、澪は久我山の背を押して車へと向かう。後部座席に乗り、ため息を吐いて久我山へとお礼を述べた。
「ありがとうございました、助かりました」
「あ?あー……おまえ、本当に意識しすぎだろ」
「あれは、ジロが悪いです」
呆れる久我山に唇を尖らせる澪。窓の外を眺めながら真次郎の手の温もりを思い出す。
また頬が熱くなった。
────
あの笑顔に、意味なんてなかった。
でも、それでも——
“また見たい”って思ったのは、
どこからが間違いだったんだろう。
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