夜を導く光、それは赤い極道でした。
【第5話】“好き”って言えないくせに
それから次の日も、その次の日も。毎朝玄関で真次郎と話をする。短く、すぐに終わるその時間。他愛のないやり取りを楽しんで、でも意識をしてしまって。
澪は自分だけなぜ?と困惑しながらも、真次郎との時間は単純にうれしかった。
しかし、次第に気づく。真次郎がなぜ、朝のあの時間に会いにくるのかを。
「それって、定型文と同じね」
土曜日の午後。栞の部屋でお茶を飲みながら真次郎のことを相談する澪。自分でも微かに思っていたことをハッキリと伝えてくれる栞に身を乗り出してしまう。
「やっぱり?そうですよね??」
「だって、学校が休みの今朝もわざわざ朝に会うんでしょ?おはようっていう当たり障りのない会話。楽よね」
栞の言う通り。平日の朝は玄関で、土曜の今日は朝食前に数分だけ声をかけられ、少しだけ会話をした。気まずいとかはない。普通の会話。いつも通りのはず。そう……いつも同じ。
「ジロは、私と会うのは嫌なんですかね……」
真次郎は龍臣に命令されて仕方なく話しているだけ。だから、適当に終わるように朝に会う。もしそうならば、悲しい。その呟きに栞は紅茶を飲みながら淡々と問いかけた。
「あなたって、真次郎くんのこと好きなの?」
「え?え……」
「ライクじゃないわよ?ラブ」
「ラブ……らぶ!?」
澪は目を丸くして首を横に振る。
「ジロのこと、そんな風に見た覚えありません」
「でも、あなた悲しいのよね?ただの業務になってるやりとりが」
「それは……そうですけど」
「なら、それが答えじゃないの?」
栞がチョコを差し出して、澪は口を開く。放り込まれた甘い菓子。溶けて消えてなくなって。
「そのチョコと違って、あなたの想いは消えないんじゃないの?」
「私の……」
「まぁ、ゆっくり向き合うのね。手遅れになる前に」
「手遅れになったら、どうなります?」
「真次郎くんが他の女と寝る」
栞がニヤリと意地の悪い笑みを浮かべるが、澪は首を傾げた。
「寝る??」
「……結婚する」
「けっ……こん……」
意味が伝わらなく、仕方なく言い方を変えた栞。その言葉を耳から脳に入れて、澪は噛み締める。
「結婚とは、つまり……男女のラブのゴールですね」
「あなたからしたら、そうかもね」
「ジロが結婚をしたら、私とはもう話はしませんかね?」
「さぁ?結婚相手によるかもね。束縛激しいなら顔も合わせられないでしょうね」
栞の言葉が澪に重くのしかかる。真次郎を失いたくないと思っているのに、もしそんなことになってしまったら……酷く心が痛い。
澪の反応に栞は小さく笑いチョコをまた口に入れる。蕩ける甘さが口の中で広がり、また消えて。澪はそれを味わいながら、頭の中で真次郎のことばかり考えていた。
******
「──で、私のところへ転がり込んだんか」
日曜日の午前中。澪は今朝も真次郎と数分会話をし、同じようなやり取りに打ちのめされて、とうとう凛のところへ泣きついた。
実際に泣いてはいないが、このよくわからない感情を一人で抱えているとどうにかなってしまいそうで、頼りにきた次第である。
「だって、お凛さん!もう私はよくわからないんですよ……ジロがどうして朝にばっかりくるのかとか、同じような会話しかできないのかとか」
「澪は、それが嫌なんやな?」
「っ……」
「嘘はあかんで」
凛の眼差しは鋭い。テーブルを挟んで向いに座り、その目に射抜かれた澪は言葉を詰まらせつつ、正直に話す。
「嫌、です」
「なんで?」
「それは……ジロが、」
澪は自分の心の中に真次郎がいることに気づいている。それが恋愛的な意味なのかはわからないままだが、失いたくない存在なのは確か。
「ジロと、ちゃんと……話がしたいからです」
「仕事としてではなくって意味やな?」
「はい。私、ジロに仕方なくで一緒にいてほしくないんです」
澪は、ハッキリと告げた。ようやく口にして、霧が晴れたような顔になる。今まで変に意識をして困惑していた脳がクリアになる。
「恋としての好きとか、それはわかりません。でも、ジロとの時間を失いたくはないです」
「はぁ……ほんま、あれだけあかんって言うたのに」
凛は呆れたようにため息を吐いて、澪を見つめる。先程の厳しさも含みつつ、少し柔らかさも混ぜた表情。それは心配という意味が伝わるようなものだった。
「まあ、いずれそうなるんやろなとは思ったけどな。でも、まさか真次郎のほうやったとは……まぁ久我よりはマシか」
「怒ってます?」
「いや、怒らんよ。人の気持ちは止められへんからな。ただ……」
凛は一呼吸おいて、あえて厳しく澪に告げた。
「この世界、生半可やないからな」
「……知ってます」
「次は、それじゃ済まへんかもしれん。それでも……あいつを選ぶんか」
見据える凛の目は険しい。気圧されながらも澪は、ゆっくりと頷いた。
「ジロがいない世界は、想像つきませんから」
「……さよか」
凛は澪に対して微笑み、その後顔を曇らせる。澪はその表情の変化に首を傾げつつ「どうしました?」と問いかけた。
「あー、いやな?これ言うたら澪悲しむやろなと思って」
「え、なんです?チョコ禁止とかです?」
「ちゃうちゃう。真次郎のことや」
「ジロの?」
凛は頷く。言葉を選ぶように考えて、口を開いた。
「真次郎は明日、いや……今日から忙しくなるで」
「なぜです?」
「厄介な奴らが澪の学校周りをウロついとるって情報入ってな。それの先見隊」
「え、危険ですか?」
「どやろな?まあ、情報調査とかやろし。そんなに心配せんでもええよ。ただ、面倒なんは確かやからな」
「そうですか……」
そうは言われてもやはり心配で、澪は顔が暗くなる。真次郎がもし怪我をしたら、いやそれよりももっと危ないことになったら……
「澪、顔あげぇ。女は笑ってどんっと構えとくもんやで」
凛の声音は優しい。その堂々とした様はさすがの一言。この覚悟が、この世界の女性には必要なのかと澪は改めて実感する。
「お凛さんは、本当にかっこいいですね」
「なんや澪。褒めてもなんもでえへんで?チョコおかわりいるか?ん?」
「……いります。甘いもので、ちょっと強くなります」
ニヤニヤとうれしそうにするお凛に、澪も自然と笑顔になった。
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同じ会話、同じ時間。
それでも、あなたの声は──
“たった一つしかない、音”だった。
もう、気づいてる。
なのに、言えないまま……
どうか明日も、そこにいて。
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