夜を導く光、それは赤い極道でした。
【第4話】わたしが、行く
澪は少し迷ってから、まっすぐに口を開く。
「それで、その。ジロって今どんな感じなんです?」
「それはヒミツ〜。お仕事のことだから。澪ちゃんには、ちょっとね」
穏やかな笑みのまま、ハッキリと線引きをする信昭。澪はやっぱりダメかと思いつつも、不満はない。
「やっぱり、優しいですよね。のぶ兄さん」
「どういうこと?」
「龍臣さんが言ってましたから。のぶ兄さんは、意地悪に見えて本当は面影庵のことを一番に考えてるって」
澪は淡々としつつも、その表情は明るい。信昭は驚いたように目を見開き、すぐに小さく笑った。
「それで優しい……かあ。澪ちゃんには、そう見える?」
「はい。私が危ない目にあわないように、いろんなことを教えないようにしてくれてるんですよね?」
「……」
沈黙が落ちた。けれど信昭は、ただ穏やかに笑っていた。氷のように、なめらかで、冷たいまま崩れない笑顔で。
「澪ちゃん、待てはできる?」
「……え?」
「お利口さんに、ちゃんと“待て”ができたら──ご褒美、あげようか」
穏やかな声音のまま、信昭は静かに問いかける。何を意図しているのかわからない。けれど、澪は迷わず訊き返す。
「それって、“ジロに会える”ってことですか?」
「ふふ。澪ちゃんの“ご褒美”って、真次郎なんだ?」
どこか愉快そうに笑いながら、信昭は問い返す。澪は真顔で、こくんと頷いた。
「今は、ジロに会いたいんです。だから、待てます。……でも──」
そこで言葉を切り、はっきりと目を合わせる。
「でも、向こうが来られないのなら、私が行きます」
信昭の目が、ふっと細くなる。笑顔のまま、何も言わずに澪を見ている。優しげでいて、どこか“測っている”ような目。
そう思った瞬間、背筋に小さな緊張が走った。けれど、それが何を意味しているのか、澪にはまだわからなかった。
ただ、信昭が「よしよし」とでも言うように微笑んだことだけが、不思議と印象に残った。
────……
そのまま、いつも通りに登校した澪は、ぼんやりとした思考のまま授業を受ける。しかし頭にちっとも入らない。真次郎のことが気になって仕方がないから。
このまま1人で悩んでも解決の兆しは無理そうで、そこで澪は閃く。そうだ、1人で抱えてるのが大変なら誰かに話せばいいのだと。
その相手は、ここでは1人しかいない。
昼休み、購買前。パン争奪戦が終わったあとの静けさ。澪は人のはけた隙にカウンターに近づく。
「こんにちは、倖くん」
「やあ澪ちゃん。今日はまだチョココロネあるよ」
「それはラッキーです。チョコは大好きなので」
パンを受け取りながら、澪は周囲を見渡す。誰もいない購買の片隅。声を落とす。
「倖くん、ちょっと……話してもいいです?」
「もちろん。中、入る?」
カウンター越しに微笑む倖。その隣にある、閉ざされた扉。
「ううん、ここで大丈夫です。たいした話ではないと思うので」
「乙女の話は全てシークレットだと俺は思うけどね?」
「それはそれは、確かに。倖くんの秘密の部屋にピッタリな感じはします」
「でしょう?なら、中入りなよ」
誘われるが、澪は首を横に振った。
「入ると長居してしまいそうなので、今日はここで」
「椅子もあるのに、もったいない。まあ、いっか」
倖は肩をすくめて微笑む。澪も少しだけ笑った。
「倖くんに話すと、なんか、まとまる気がするんですよね」
「そりゃ嬉しいな」
「みんな倖くんに相談したら、悩みなんて消えるんじゃないですか?」
「それは、買いかぶりすぎだね。でも澪ちゃん以外の子は来ないよ?お子様には、そういう場所でもないからね、ここは」
その言い方に、どこか奇妙な温度差を感じたが澪は深く考えず続けた。
「実はですね、ジロのことなんですが」
「まぁた、ジロくん?なになに、恋バナ?」
「っ……そういうのでは、なくてですね」
「あれ?今、一瞬言葉に詰まったよね?あれあれ?ついに、自覚しちゃった?ソウルメイトとか言ってたのに?」
倖の声音は楽しそうで、澪は逆に難しい顔をする。確かに澪の中で真次郎が特別な存在だと自覚はした。失いたくない相手……それが、恋なのだということも、しっかりと。
けれど、それを茶化されるのは澪は慣れない。なにしろ初めての経験。
「私、ジロが初恋なのかもしれません」
言ってから、胸の奥がきゅっとなった。
恋──その言葉を、自分の口から出すなんて。
でも、確かにそれ以外の言葉では足りなかった。
────
好きになるって、
じっと待つことでも、
勇気を出して踏み出すことでもあるんだね。
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