堅物マジメな御曹司は契約妻にひたすら隠した溺愛を解き放つ~円満離婚はもう無理だ~

第六章 ①

 カフェを出たら帰宅するのかと思いきや、清雅さんは私をジュエリー店に連れ込んだ。
 誰もが知る有名なラグジュアリーブランドで、私は足を踏み入れたことは一度もない。

「清雅さん、どうしてまた……」
「やっぱり婚約指輪を買っておこうと思って。君が指輪には慣れていないからと、普段使いができるペンダントにしたけれど真珠は手入れが大変だろう。それに目に見えて君にはつけ入る隙がないとわかるように牽制がしたくなった」
「もう結婚指輪をつけているのに、牽制?」
「世の中には既婚者でも関係ないという人がいるから。俺は用心深いんだ」

 つまり清雅さんは、誰もが一目で高価だとわかる婚約指輪をつけさせることで、私には溺愛してくれる夫がいるのだと見せつけたいらしい。
 確かにキラキラなビジュアルの指輪をつけていたら、こんなのを買ってくれる夫がいるならちょっかいは出せないと思う人もいるかもしれないけれど。
 そもそも私に誘いをかけるような男性は皆無だ。

「俺の自己満足だから。悪いけど俺のことが嫌いじゃないなら付き合って」
「……っ!」

 なんてズルい人なんだろう。
「大好きですが⁉」って、キレ気味に言いたくなった。
 さっきから清雅さんに握られている手が熱くて振りほどけない。私の不整脈も落ち着かない。

「防犯的に危ないから、あまり大きすぎるものはちょっと」

 そう要望を告げて、候補を絞る。ちなみに今日持って帰れる指輪が第一条件だ。
 オーバル、ラウンド、ペアシェイプなど、婚約指輪のダイアモンドの形はいくつもあるらしい。
 どれも目が潰れそうなほどキラキラしている。そして値段を見たらクラクラした。

「清雅さん、これもう年収。年収だから!」

 そう小声で訴える。
 この間の真珠が可愛い値段に思えてきた。というか、ジュエリーって金銭感覚がおかしくなりそうで恐ろしすぎる。

「俺は妥協したくない。紫緒が一番気に入ったものを贈りたい」
「では予算を百万以内でお願いします」
「予算は決めてないから気にしなくていい」

 そんな会話が聞こえたのだろう。店員に個室へと案内されて、とっておきの指輪を数点見せられた。
 私の指に年収が……と思うと、普段使いなんて無理だよ……。
 でも清雅さんは結婚指輪の上に重ね漬けをしたらいいと仰っている。

「他にはカラーダイアモンドも揃えております」

 そう言われて出てきたのはラウンドシェイプのイエローダイアモンドと、ペアシェイプのピンクダイアモンドだった。
 センターの周りには、小粒なダイアがキラキラ光っている。

「可愛い……」

 そう思わず呟くと、清雅さんが私の両手の薬指にイエローとピンクダイアの指輪を嵌めた。
 ものすごく可愛いけれど、こんなに大きなカラーストーンは主張が激しいかもしれない。
 ピンクダイアはもう鉱山が閉山しているため、次は出会えない可能性が高いとか。

「いや、でも、私には可愛すぎるかなって」
「ピンクと言っても色味は控えめで着る服を選ばないだろう。華やかで可憐で、君にぴったりだと思う」
「……っ!」

 顔が茹りそう。
 清雅さんの言葉は嘘がないから、ダイレクトに心に響く。
「他の指輪の中でそれが一番気に入ったんだな?」と確認されて、素直に頷いてしまった。

「それならこれにしよう」

 気づくとお会計が終わっていて、清雅さんとタクシーに乗っていた。彼の手にはラグジュアリーブランドのロゴが書かれたショップバッグが。
 そういえばあの指輪はいくらだった? そんなポンって買える値段ではないのですが!
 帰宅後、清雅さんに問いかけるも彼は「さあ?」とすっとぼけた。

「確実に新車が買える値段でしたよね?」
「どうかな」

 はぐらかされたけれど、私の常識では衝動買いで買える範疇を超えている。
 改めて清雅さんが巨大グループの御曹司だということを実感した。もしかしたら不動産とかも条件次第でポンッと買ってたりして……。

「ねえ、紫緒。この指輪は今までで一番楽しい買い物だった。俺は物欲というものがほとんどないから、愛する妻を独占するために指輪が買えてとても満足している」
「えっ! 愛って……!」

 清雅さんが冗談を言うはずがなくて、急に体温が上昇した。何度も手を握っているのに、はじめて手を握ったときみたいにドキッとする。
 指を絡められてリビングを移動し、ソファに座らされる。
 清雅さんとの距離が近い。なにかが吹っ切れたらしい。

「もう気持ちがバレているなら平常心を装わなくていいだろう。俺は隠すのをやめることにした」
「えっ」

 身体を抱き寄せられた。
 膝の上に乗せられて、心臓がうるさいほど鼓動する。

「あの、この距離はやっぱり不適切では……!」
「今さらじゃないか? もう何度も君を乗せている」

 そうだけども! 何度されても慣れるはずがない。
 私の気持ちだって勢いで明かしちゃったわけで、今はどんな顔で清雅さんを見つめたらいいのかわからなくなっている。
 どうしよう。顔の熱は誤魔化しようがない。

「恥ずかしがる君が可愛くてたまらない。潤んだ目で見つめられたら感情が暴走しそうだ」
「可愛い……だなんて、からかわないで」
「どうして? 俺はずっと君のことを可愛いと思っているんだが」
「それは、私の台詞です!」

 つい本音がこぼれた。自分から清雅さんを可愛いと思っていたことを明かすなんてよくない流れだとわかっていたのに。

「ふぅん? 君と友護が俺のことを純情可憐だとか言っていたのと関係しているのかな」
「あ、あれは……っ」
「男を褒める形容詞ではないと思うんだが」

 でも清雅さん、イケメンだけど美人じゃないですか……。
 友護君とは顔の造形が似ているけれど、雰囲気と精悍さが違う。

「でも実の弟までそう思っていたってことは、清雅さんは清らかで可憐な人だと思う。なんなら藤枝さんに訊いても頷いてくれるかと」

 誠実で品行方正。自分に厳しくて真面目なところは尊敬できて、融通が利かないわけではなく柔軟な思考も持っている。
 欠点がないように見えるけれど、実はONとOFFの切り替えがわからないという不器用さがあったり、私のアドバイスを真剣に聞いてくれる姿勢も好ましい。
 常にクールなのに不意に見せる微笑の可愛らしさにときめいている。
 彼の魅力を語りだしたら止まらなくなりそうだ。
 けれど清雅さんは微妙な表情を浮かべていた。

「つまり君は、俺のことは男らしくないと思っているんだな?」
「えっ? そんなこと言った?」
「男として意識されたら警戒心を煽る可能性があると思っていたんだが、余計な気遣いだったかもしれない。紫緒も俺が好きなら遠慮はいらないということでいいな?」
「よくないです! 遠慮と気遣いは忘れちゃいけないと思う」

 咄嗟に口が拒絶していた。
 だって清雅さんから濃密なフェロモンが放出されている気がして、恋愛経験値が限りなくゼロに近い私にはお手上げ状態になりそう。

「慌てるところも可愛いだけだな」
「……ッ!」

 ギュッと抱きしめられた。
 こんな風に腕の中に閉じ込められたら、頭の中でごちゃごちゃ考えていたものが一瞬で静かになる。

「……でも可愛いは清雅さんのことだと思う」
「まだ言うのか。俺は君からかっこいいって思われたい」

 少し拗ねたように呟くところも可愛いんですが? 胸の奥のキュンキュンが止まらない。

「私が一体何度、清雅さんに抱き着きたいと思っていたのを堪えたことか……」
「紫緒から抱き着かれたら一日中幸せな気持ちになるだろうな」
「さすがに正面からハグはできないって。清雅さんが私をどう思っているのかなんてわからないし……そもそも、本当に私のことが好きなの?」

 婚約指輪まで購入してくれて、独占欲を垣間見たけれど。きちんとした理由が聞きたくなった。
 一体いつから私を特別な人だと思ってくれていたのだろう。
 期待をこめて見つめると、清雅さんはほんのり恥ずかしそうに視線を揺らした。

「……最初から好ましいとは思っていたんだ。もちろん恋愛的な感情ではなくて、純粋にもっと知りたいと。じゃなかったら式の直前に相手が変わったと言われて、そのまま式を進めるはずがないだろう」
「普通は白紙に戻すよね……」

 まだ出会ってから一か月程度しか経っていないのが嘘みたい。
 あのとき襖を開けたら美男子が座っていて、腰を抜かしそうになったのを思い出す。

「目を奪われたのは俺の方だ。君の眼差しから視線が逸らせなかった。話しているうちにここで縁が切れるのは嫌だと思った。君と過ごしているうちにひとつずつ好ましいところを見つけて、俺が作った朝食をおいしそうに食べてくれることに不思議な充足感を抱いていた。ただルーティンで作っている朝食をこんな風に喜んでもらえるのかと」
「誰でも喜ぶと思うけど」

 丁寧な朝食を作ってもらえるのはありがたい。どうしても朝は慌ただしくて、食べずに出勤することも珍しくなかった。

「それでも誰かを満たしたいと思ったのは紫緒がはじめてだ。君がいると予想外のことが多くて毎日が充実している。傍にいてくれるだけで気持ちが安定して、温かなもので満たされるんだ。一度味わったら手放せない。君を俺から解放したくない」

 思い返すと一目惚れもあったそうだ。
 一緒に過ごすうちに私に対する気持ちが大きくなったと言われて、顔を覆い隠したくなった。

「紫緒とこれからの人生を歩みたい。はじめて経験することやおいしいと感じる時間は君と一緒がいい。俺は君の心の強さにも惚れている。できることなら君の栄養になるものはすべて俺の手で作って君の糧になったらいいとさえ思っている。この感情が愛じゃないなら、俺はなにが愛なのかわからない」
「……っ!」

 少しだけ重い発言があったけれど、清雅さんの言葉には嘘がない。
 胸のドキドキが止まらなくて、こんな風に思っていてくれたことがうれしくてたまらなくなった。

「紫緒、どうして顔を隠すんだ」
「……恥ずかしいので見ないで」

 顔だけじゃない。全身が熱い。
 清雅さんの声を聞いているだけで、身体の芯から上せそう。

「見せて。俺は君の可愛い顔が見たい」
「……っ! だ、ダメです!」
「どうしても?」
「うう……っ、清雅さんの顔も声も全部が好きすぎて、だらしない顔になっているので恥ずかしいから!」

 耳元で囁かないでほしい。私は恋愛免疫がないんです!

「でも俺は君の顔が見たい。ねえ、見せて?」

 額に柔らかなものが押し当てられた。
 私の手の甲にも同じ感触がして、それが清雅さんの唇だと遅れて気づく。

「ん……」
「やっと目が合った」
「――ッ!」

 至近距離から私を見つめる清雅さんの目が綺麗で熱っぽい。そのまま吸い込まれそうな心地になりながら自然と瞼を閉じる。
 唇に柔らかなものが遠慮がちに押し当てられた。
 優しく触れただけの熱は錯覚に思えるほどささやかなもので、すぐに物足りなくなる。

「紫緒、キスしていいか」
「……もう、したのに」
「先に許可を取るべきだったと思って」

 本当に律儀な人だ。そんな彼が好きすぎる。
 私の答えなんてわかりきっているはずなのに、きちんと言質を取ろうとするところも好ましい。
 胸のドキドキが凄まじい。
 これまで誰かにキスをねだったことなんて一度もなくて、たった一言伝えるだけでものすごく緊張している。

「清雅さん……キス、して?」

 そっと彼の首に腕を回した。
 自分から抱き着くようにすり寄った瞬間、唇が熱いもので塞がれた。

「ふぁ……っ」

 そっと触れ合うようなキスではない。今度ははっきりと体温を分かち合うように清雅さんの唇の感触が伝わってきて、背筋にぞくぞくとした震えが走った。
 唇を舌先でぺろりと舐められてぞわっとする。

「ン……ッ!」

 薄く開いた隙間に舌を差し込まれた。ざらりと口内の粘膜を舐められる。
縮こまる舌を絡められて、戸惑いながらも彼のものに舌をこすりつけた。濃厚なキスをしたのもはじめてで、正直どうしていいかわからない。

「はぁ……」

 零れる吐息が艶めかしい。いつ酸素を吸ったらいいのかもわからないまま、清雅さんのキスに溺れていく。

「紫緒……」

 くちゅり、と唾液音が響く。キスの合間に名前を呼ばれただけで、下腹が強く疼きだした。
 飲み込みきれない唾液が唇の端から顎を伝う。それに気づいた清雅さんは、ぺろりと舌先で唾液を舐めとった。
 こんなエッチなキスを清雅さんとするなんて……!
 顔が熱くてぼうっとする。
 空気が淫靡で眩暈がしそう。身体の芯から力が抜けて、私はぐったりと清雅さんにもたれかかっていた。
 清雅さんの濡れた唇が色っぽい。
清廉潔白な人の乱れた姿なんてセクシーすぎて、見てはいけないものを見てしまった気がした。

「紫緒」
「ん……」

 名前を呼ばれながら触れるだけのキスをされた。柔らかな感触を感じるだけで私の心臓が反応する。

「初夜のやり直しがしたい」
「……っ!」
「紫緒がほしい。君を愛してもいいだろうか」

 ……直球すぎませんか⁉
 蕩けた顔でストレートに求められたら、私の心臓がもっとおかしくなる。顔がもうこれ以上ないくらい真っ赤なのですが。
 指一本も触れずにただ寝るだけで終わった初夜を思い返すと、凄まじい急展開だろう。ふたりともこんな感情が芽生えるなんて思っていなかった。
 ここで「ダメ?」と訊かれて、拒絶できる女性はいないだろう。
 でもこんなことになるならもっと自分の身体を磨いておくべきだったと思うのが乙女心かもしれない。
肌の手入れとかダイエットとか、気になるところはいくらでも思いつく。

「ダメじゃないし私も清雅さんがほしいけれど、私はおいしくないかもしれないし想像と違ったと思うかも。というか、そもそも清雅さんって性欲あるの?」

 ……今、確実に余計なことまで言った。
 だって今まで雄らしい欲望の片鱗なんて一切見せられなかったし、一緒にいても安心安全な人であろうというのが伝わってきていた。
 それになにより、清雅さんは清らかな人という印象が強いのだ。私の方が欲望塗れで、いろいろ不埒な妄想をしていると思う。

「まさか性欲があるのかと問われるとは……君の中で俺はどんなイメージなのかよくわかった」

 見惚れるくらい美しい微笑なのに、圧が凄まじい。この人は笑顔でも怒れるのかもしれない。

「ちがっ……あの、ちゃんと清雅さんのことは男性だと思ってるけれど! でも聖人君子で清廉潔白なイメージが強いというか、爛れた欲望は堕落への一歩と思ってそうというか」
「聖人君子って、そんなわけがないだろう。修行僧でもあるまいに。俺だってただの男だよ」

 隠しきれない劣情を宿した瞳に、視線が吸い込まれそうになった。微かに漏れ出る吐息も艶っぽい。

「ほら、心臓もこんなにドキドキしている」
「……っ!」

 私の手が清雅さんの左胸に導かれた。
 服越しに伝わるドキドキは緊張と興奮の証だ。

「それと、君は自分がおいしくないんじゃないかと言っていたが、心配ない。俺は料理が好きだ」
「え?」
「君のこともおいしく食べられる自信しかない」
「……っ!」

 恋愛経験が乏しい同盟を勝手に結んでいたのだけど、清雅さんは私より知識も技術も格段に上なのでは……。

「ただ君も同じ気持ちになれるかはわからないが、失敗しても諦めるつもりはない。ひとつずつ一緒に学んでいこう」
「きゃあっ!」

 身体を横抱きにされて悲鳴が漏れた。突然のお姫様抱っこも心臓に悪い。
 まさかこれからしちゃうの? 寝室に直行コース⁉
 急展開すぎて頭の中が騒がしくなる。
 心は早く清雅さんと繋がりたいって思っているけれど、理性は待ったをかけた。

「清雅さん、もう夕ご飯の時間だから!」

 夕方に帰宅して、時計の針は六時を指している。規則正しい生活をしている清雅さんなら食事を優先するだろう。

「ここでお預けとは……なるほど。君はそういうプレイが好みなのか」
「違いますけど⁉ ただ事実を述べただけで……! それにほら、初夜なら夜でしょう? ちゃんとシャワーも浴びて綺麗にしたいし」

 はたと気づく。
 そういえば私、勝負下着なんて持っていませんが……?
 見られていい下着を準備していなかった。だって清雅さんとこんなことになるなんて思ってもいなかったので。

「や、やっぱりお預けは延長で……また来週とかどうでしょう?」
「このまま寝室に連れて行こう」

 清雅さんはダイニングではなく寝室の方へ向かっていく。私は観念して懸念を白状した。

「ちょっと待って、違うの。ただ可愛い下着が用意できていないので!」
「下着?」
「はじめてのときは、清雅さんが好きそうな下着を身につけたいというか、私が綺麗って思われたいなって……」

 お姫様抱っこをされながらこんなことを言う日がくるなんて。恥ずかしすぎていっそのこと気絶したい。

「……これも乙女心というものです。だってはじめてなんだもん。慣れていないのは仕方ないでしょう」
「はじめてというのは、紫緒は男性経験がないということか?」
「う……そうですよ。ちゃんと最後まで付き合った人はいないし、学生時代も外見が派手だから遊んでいるみたいな噂が流れて余計恋愛には委縮しちゃって」

 だからというわけではないけれど、自分に恋愛や結婚は無縁だと思っていた。男女交際なんて煩わしいから、ずっと独身で生きていくつもりだったのだ。

「俺が君の最初で最後の男になれるんだな。光栄だ」
「……っ!」

 清雅さんは私を抱き上げたまま方向転換した。
 私の部屋の前に下ろしてくれる。

「食事は俺が作るから、ゆっくりお風呂に入っておいで。勝負下着というものは正直よくわからないし、俺は君が身に着けているものならなんでもいいけれど。気になるなら今度一緒に買いに行こう」

 キッチンへ向かう清雅さんの後ろ姿を見送る。
 ここは一旦、私の要望が通ったと思っていいらしい。

「いや、一緒に下着を買いに行くのは遠慮したいかな……」

 その案は丁重にお断りすることにした。


 入浴後、向かい合わせで食事をするだけで緊張感に襲われた。
 清雅さんの手作り料理は絶品だけど、今日はあまり味がしない。

「紫緒、そんなに緊張されると今すぐ襲いたくなる」
「ひえっ!」

 思わずお箸を落としそうになった。動揺しすぎて恥ずかしい。

「待って、解釈違いです。清雅さんは襲うなんて言わない!」
「君がどんな目で俺を見ていたかよくわかった」

 なんだか声が弾んでいる。
 クスクス笑う表情にはからかいが混じっていた。

「あの、あまり私のことは直視しないでね? 化粧を落としているので、スッピンはちょっと……」

 思い返すと清雅さんに素顔を晒したことはない気がする。
 いつも寝る直前に入浴していたので、その後リビングに向かうことはなかった。

「見ないでと言われると堪能したくなる。綺麗に化粧をした顔は美人だと思っていたが、素顔は思った通り可愛らしい」
「……清雅さんって、発言に嘘がないから性質が悪いと思う……」

 これ以上私の顔を真っ赤にさせてどうしたいの? 
 もしかして私がドキドキしているのを楽しんでいるのでは。

「性質が悪いなんてはじめて言われた。心外だ。とても傷ついた」
「え?」
「傷ついたから早く癒してもらわないと。デザートが待ち遠しいな」
「……っ!」

 スッと動いた視線だけで、デザートが私のことを指しているのだとわかった。
 どうしよう。もうすでに瀕死の状態なのに、これからもっとドキドキすることが待ち受けているなんて。

「今日が私の命日か……」
「紫緒の思考回路は面白いな。やはり君と一緒にいると退屈しない。時間が早く過ぎるようだ」

 面白いと思われていたのをはじめて知った。
 同じ立場のはずなのに、清雅さんだけ余裕綽々なのが少し面白くない。

 夕食後はいつものんびりお茶を飲むのだけど、今夜は早々に清雅さんの寝室に連れ込まれた。
 はじめて部屋に入ってしまった。
 彼の匂いが充満していて、ふたたび緊張感に襲われる。

「シャワー浴びてくるから、ゆっくりしてて」

 私の唇にキスをしてから清雅さんは浴室へ向かった。
 あまりに色香が濃すぎて、私は無言でベッドに倒れ込んだ。

「……っ、どこが聖人君子?」

 無理。色気魔人に変貌するなんて聞いてない!
 今の台詞とキスだけで、胸のドキドキがえらいことになっている。全身が熱いし恥ずかしいしで、なんだか無性に叫びだしたくなった。

「……清雅さんのベッド、寝心地よさそうね」

 ダブルベッドより大きく見える。クイーンサイズくらいはあるだろう。
 ここで寝起きをしているのかと思うとそわそわしてきた。
 部屋着のワンピースと、下着は新品同然のものを身に着けている。
 見られてもいいように上下セットのものを選んだけれど、色っぽさはないかもしれない。

「いつもつい、アウターに響かないデザインを選んじゃうからな……」

 繊細なレースが可愛い下着のひとつやふたつ、手元にあればよかった。
 急に結婚して、二年は恋愛もしないって思っていたから、こんなことになるなんて予想していなかったのだ。人生とはなにが起こるかわからない。
 手持ち無沙汰で視線を彷徨わせる。スマホはバッグの中に入れたままだ。
 ホテルの一室のような室内は、インテリア雑誌のお手本になりそうなほど洗練されている。プロがコーディネートしたのかもしれない。

「あの椅子ってイギリスの有名デザイナーのものでは? あっちのフロアライトは日本人の建築家がデザインしたと言われている限定品」

 職業柄インテリアに関する情報は仕入れるようにしているのだけど、まさか身近に憧れの家具を持っている方がいるとは。
 リビングやダイニングにはヴィンテージ品もあり、私の知識では高価そうだなという印象しかなかったけれど。清雅さんの寝室は拘りの一点ものが多かった。
 ついつい室内を見て回る。
 この家に住み始めてから思ったことは、とりあえずで買ったものはひとつも見当たらない。全部きちんと選んで購入したものばかりに思えた。
 書斎の部屋にはきっと使い古された万年筆とかもあるかもしれない。代々白藤の当主が使ってきたものを譲り受けていそうだ。

「なにか面白いものがあった?」
「清雅さん……んっ」

 背後から抱きしめられた。
 髪の毛をさっとよけられて、首筋にキスを落とされる。

「寝室のインテリアを見ていただけで……」
「そうか。インテリアが好きだったね」

 清雅さんの声がしっとりしている。鼓膜を犯されている気分になってきた。
 どうしよう。もうドキドキが止まらない。
 大好きなインテリア品を見ていたら落ち着くと思っていたのに、清雅さんの声を聞いた途端、心臓が痛いくら早鐘を打っている。

「ん……あ、清雅さん……」

 Vネックの襟ぐりを大きく広げられた。首筋から肩へ、彼は触れるだけのキスをする。

「俺はもう少し自制心が強いと思っていたんだが、君が寝室にいるだけで欲望が止まりそうにない」

 くるっと身体を反転させられた。

「髪、まだ少し湿ってる?」
「すぐに乾くよ」

 艶やかな黒髪にそっと触れる。
 毛先はほんのり冷たさが残っていたけれど、キュッと私の手を握られた。

「早く紫緒を味わわせて?」
「……っ!」

 手首の内側にキスをされて、下腹が強く収縮する。
 私はなんで清雅さんに性欲はないなんて思っていたんだろう。
 彼はただ、欲望を隠すのがうまかっただけだ。

「清雅さ……ん」

 ベッドに運ばれて、仰向けに寝かされる。
 寝具から香る清雅さんの匂いが私の理性を薄れさせていく。

「清雅でいい。さんはいらない。俺は君とは対等な関係でいたい」

 Tシャツを脱いだ清雅さんが上半身を晒した。
 鍛えられた肉体にはしなやかな筋肉がついていて、そのあまりに美しい裸に視線が釘付けになった。

「……腹筋割れてる」

 鎖骨も筋肉もエッチすぎでは? 
 脇腹にあるほくろまでセクシーに見えるんですが。

「ん……くすぐったい。紫緒なら好きなだけ触らせてあげたいが、俺にも君に触れる権利をくれるんだろう?」
「お目汚しになる気がしてきたので、清雅さ……清雅に目隠ししてもいい?」
「ダメ」

 ですよね。拒絶されることはわかっていたけれど、つい訊きたくなった。

「でも、私の身体は大したことはないというか……、もうちょっと胸があった方がよかったかも?」

 人並みにはあるけれど、彼の好みはわからない。

「紫緒、あまり俺を煽らないでほしい。後悔するのは君だ」
「え、煽るってどういう……ひゃっ!」

 Vネックのワンピースを頭から脱がされた。
 黒い下着姿を清雅さんに晒す。

「黒」
「あ、あの、清雅は白とかピンクが好きかなって思ったんだけど、私が白い下着を持っていなくって。可愛い下着はまた今度ということで、今回は目を瞑っていただけたら……」
「黒が嫌いなんて一言も言ってないが。というか想像以上に綺麗すぎて困るな」

 ほんのり耳が赤くなっている。
 攻め攻めな清雅さんもかっこよくて好きだけど、少し天然で可愛さが垣間見える瞬間も大好きだ。純情可憐な一面は確実にあると思う。

「……私から脱いだ方がいい?」
「魅力的な提案だが、ダメ。俺に脱がさせて」

 積極的な女が嫌いなわけではないらしい。でも私は処女なので、できれば彼にリードしてもらいたい。

「先に謝っておく。止まれなくなったらごめん」

 律儀に謝罪を口にして、清雅さんは私に覆いかぶさった。
 キスをされながら下着の上から胸に触れられる。
 誰かに胸を触られることもはじめてで、些細な触れ合いだけでも腰が跳ねそうになった。
 ベッドと背中の隙間に手を入れられて、パチンと留め具を外された。胸の締め付けがなくなったことに意識が向くけれど、口内に侵入した舌にも翻弄される。

「はじめての経験は苦しいと聞くから、できるだけ気持ちよくしてあげたい。でも俺は不慣れだから、君の気持ちいいところは教えてもらわないとわからない」

 不慣れと仰っているけれど、本当にそうなんですか? と問いたい。
 エッチなキスも私の肌を撫でる手つきも、これまでの清雅さんと同一人物なのかと疑わしく思うほど手慣れているように感じた。

「紫緒はどこに触れられるのが好き? 胸? お腹?」

 するりと彼の手が私の肌を撫でていく。そのいやらしい手つきだけで期待から肌が粟立った。

「……全部」

 清雅さんならどこを触られても気持ちよさしかない。
 そう呟きながら、私は自分から彼の唇にキスをした。

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