掃除当番の恋 過去編

第2章:最初の掃除と、遠い背中

掃除当番の初日。
放課後のチャイムが鳴り、真は少し緊張しながら美術室へ向かった。

木の香りと、絵の具の匂いが混じる空間。
机はばらばらに並び、端にはパレットと乾燥中のキャンバスが置かれていた。
石膏像もない、美術室特有の静けさが、どこか落ち着かなく感じた。

「じゃあ、持ち場よろしくー」

優梨の明るい声で、掃除が始まる。
悠と綾は窓と床、陽は棚周り。自然と、真と愛花は机を並んで拭くことになった。

「よろしくお願いします」

真が声をかけると、愛花は一瞬だけ顔を上げて、小さく頷いた。

「……よろしく」

たったそれだけ。
その後は一言もなく、淡々と作業が進んでいく。

愛花の動きには一切の無駄がなかった。
布巾の扱い、姿勢、拭き方……まるで“空気を乱さない”ことまで意識しているかのようだった。

(……やっぱり、近づけるような人じゃないか)

そう思いかけたとき――

「……あ」

袖をたくし上げて絵の具汚れを拭いていた愛花が、机の脚に手をぶつけた。
その指先がピタリと止まり、小さく痛みに顔をしかめる。

「大丈夫ですか!?」

思わず出た声に、愛花は目を瞬かせた。

「……平気」

短い返事。でも、その声には、どこか戸惑いと照れが混じっていた。

その日の掃除はそれだけで終わった。
でも、真にとっては、確かな“始まり”の一日だった。
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