Pleasure Treasure(プレジャ、トレジャ)

5、with you(3)

パジャマのままでダイニングへ向かうと、
 テーブルに突っ伏した菫子の姿があった。
 鼻を啜る音を聞けば途端に込み上げる罪悪感。
 顔を手のひらで覆い、一瞬うな垂れる。
 一歩踏み出したと同時に椅子の足に踵が当たってしまいガタンと音を立てた。
「……涼ちゃん」
 菫子がこちらを振り向いた。
 泣きはらした表情。
 目は赤く雫がまた零れそうな予感がした。
 心が痛かったが、裏腹に可愛い泣き顔やな
 なんて不謹慎なことを考えている。
 涙で潤んでいるせいか大きな瞳がますます大きく見えて、
 恐ろしい吸引力を発揮していた。
(やばいわ。どうかしとる。
 泣き顔を見て喜ぶなんて虐めっ子と違うんやから)
 語弊があった。喜んでない。見惚れていたのだ。
 涼の気配に気づいた菫子は、ぐいと腕で目元を拭い、
「朝ごはん、食べる? 」
 舌ったらずの口調で聞いてきた。
「ああ、頼む」
「ん」
 怒っていたはずなのにしっかりと朝食の準備までしてくれていたのか。
「できすぎて、俺にはもったいないくらいの女や」
 背を向けてシンクの前に立った菫子の表情は分からない。
 何も言わず無言でクッキングヒーターのスイッチを押した。
 かちっと音がして、朱色が灯る。
 火にかけられているのは味噌汁の鍋だろうか。
「菫子、ごめんな」
「ううん、私こそごめんなさい。
 仕事で疲れてるのに、わがまま言って」
 こんなことを言わせている自分が許せない。
「忙しいの言い訳にして何でも流してたら、
 あっという間に夫婦仲なんて冷え切るで」
「……でも事実だし」
「全部思い出したから。
 ちょっと遅くなったけど今からでもええやん。
 ご飯食べたらおでかけしよ?」
「……うん」
 固まっていた表情に、温もりが戻っていくのが見てとれた。
「じゃあ決まり。さあ菫子の絶品料理を食べるでー」
 わざとらしい位に明るく言って
  テーブルの上のラップをかけられた皿を引き寄せた。
ラップを剥がし、行儀悪いことを自覚しながら
  卵焼きを手で掴んで口に運ぶと
  菫子はしょうがないわねという風に笑った。 
 普段通りの彼女の姿がそこにはあった。

 朝食を終わったので、外出する為に着替えることにした。
 クローゼットの中に大事にしまってある黒いベロア調のワンピース。
 膝丈の方が自分には合うし涼も喜んでくれるが、
 ロングの丈だ。おなかの子のことを第一に考えて。
 今年の冬はロングブーツを履けないのが 
 少し残念だけどしょうがない。
 後は黒いタイツを穿いて、終わり。
 化粧も終えて、鏡の前で確認して微笑んでみた。
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