Pleasure Treasure(プレジャ、トレジャ)

6、Pleasure(2)

「……菫子の一言って一気に現実に引き戻すな」
「あっ……ごめん」
「俺だって負けるつもりないからええんやけどな」
「本気の涼ちゃんには勝てないわよー」
 菫子はふふふと笑った。
「水泳教室ってどうなん? 」
「妊婦友達もいるし気分転換にもなるしすっごく楽しいわ」
 菫子は路上にも拘らずテンション高く声を弾ませて話す。
 涼は楽しげな彼女の様子に目を細める。
「落ち着いたら仕事復帰するつもりだけどね」
「二人目はまだ先ってことで?」
「……一個違いは体力的に無理かな」
 頬に落ちたキスにくすぐったくなる。
「俺もお前と過ごせるなら贅沢は言わへんよ」
 口調は軽いが、本気で言っているのが菫子には分かった。 
 「やっぱり涼ちゃんって好きだわ」
「当たり前のこと言うただけ」
 菫子はぎゅっと涼の腕にしがみついた。
 マンションの扉を開けても未だ手を離さない。
「ケーキ作りよ! 」
「ほーい」
「何その変な返事」
「足手まといにならんよう気ぃつけます! 」
 あまりにおかしくてお互い吹き出した。
 最近のテンションは前よりずっと妙だ。
 菫子のお腹が動くたびに涼は過剰に反応するし、
 この夫婦には危機的予感は何も感じられない。
 今日は涼の誕生日だ。
 朝、定期健診を終えてそのまま帰ってきた二人は、
 早速ケーキ作りに取り掛かろうとしていた。
 本当は一人で作るべきだが、過剰に心配する涼が一緒に作ると言い出した。
 もうすぐ出産する菫子はだいぶんお腹が目立ってきている。
 平日だが、涼は有給が溜まっていたので
 一日休みを取り、午前中は健診に付き添った。
 実は今まで健診にはほとんど菫子一人で行っていて、
 涼は心苦しさを感じていたのだ。
 仕事があるから仕方がないものの、菫子は不満一つ言わないので
  涼が気遣わなければならない。
 分かち合うのが夫婦だと彼は思っている。
 出産の折には必ず付き添うと心に決めており、
 出産予定日に休みを取る届けをすでに出している愛妻家である。
 誰かが欠勤したら休めなくなるから、
 早めに手を打つのに越したことはないのだ。
「菫子、予熱終わったで」
「入れてくれる」
 涼の声に菫子は生地を流した型を涼に渡す。
 チョコレートの甘い匂いが辺りに立ちこめていた。
 涼は、下ごしらえにはほとんど手を出していない。
  スポンジケーキの間に生クリームを挟んだり、
 上に飾りつけたりする作業を任されているからだ。
 生地がちゃんと焼けてなければ、話にならないのだが、後の作業も中々
 プレッシャーがある。ぐちゃぐちゃにクリームが乗っかっているのより
 綺麗に盛りつけられたものの方が、見た目にも美味しい。
 夫婦になって初めて一緒に取り組んでいるケーキ作り。
 涼は未知の世界に触れるようで、わくわくと胸を躍らせていた。
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