Pleasure Treasure(プレジャ、トレジャ)

2、体温(3)

 かさり、乾いた音に、どくんと心臓が暴れ始める。
避妊の準備をしたのだと分かった。
 予感……。不安より期待の方が遥かに大きい。
 これから起きることをしっかり見据えようと
 意識が遠ざかる寸前で何とかこらえている。
 シーツを掻き抱いて、細く開いた瞳で、更に近づく涼を捉える。
 息を飲んだ。
 菫子の世界を埋めつくすのは、ずっと好きだった、彼。
 破裂しそうな欲望をその瞳に湛えて、菫子への愛しさを隠すことなく滲ませて見つめている。
 菫子は、真上にある涼の顔に手を伸ばす。
 頬に触れて温かさを確かめて、微笑んだ。
「……愛してるわ」
「ああ……愛してる」
 涼は笑み返した。
 彼の背中に、腕を回してしがみつく。
 ベッドが一段と激しく悲鳴を上げた。
「っ……涼ちゃん……っ」
 奥で感じる繋がりに菫子は身を震わせた。揺れる。
 体がばらばらになってしまうのかと思うくらいに、ただ今しか感じることができない。
 永遠より、確かな刹那があった。
 結ばれていることを実感して、生理的な涙が、零れる。
 声が変化していく。
 涼の背中に指を立てて、両足が甘くしびれるから、足先を丸めて。ついていくのが精一杯だ。
 誠意に彩られた行為。
 菫子の様子を窺(うかが)いながら、涼は慎重(しんちょう)だが大胆に、次の段階へと導いた。
 猛スピードで、押し寄せる高波に、連れて行かれる。
 引かれた腕は強く、優しくて、一緒に揺られていることに悦びを覚える。
 爪を立てて、引っかいてしまう。その瞬間、顔をしかめた涼の
 勢いが増した。知らず菫子も彼を逃がさまいと束縛する。
 身を起こして、抱き締め合う。何度もお互いを呼び愛をささやいた。
「……っ……卑怯(ひきょう)や……初めてのくせして」
「な……わかるの? 」
「……きつすぎやから」
「分かんない……っ……」
「いずれ、その内わかるようになるって」
目眩がした。脳内が白くかすむ。
 強く、揺さぶられる。互いの持つ感覚が、愛しい存在によって奪われてしまう。
 あげる声が、混ざった瞬間に、淡く鮮明に意識がとろけた。


「上がったで」
「……うん」
 シャワーから戻ってきた涼に、さっと顔を赤らめる。
 菫子は涼に背を向けて、窓辺で風に当たっていた。
 数時間前までのことが脳裏に瞬時に甦って来て、気恥かしさでどうしようもない。
 真っ赤になった顔に手を当てながら、動揺を誤魔化すように、けぶる空を見ていた。
 白々と明けていく、夜の空は、とても綺麗で見とれてしまう。
 寒さなんて気にならなかった。
「すーみれ」
「は……い? 」
「漢字が菫やから、すみれ。折角やから愛称つけてみようかと」
「……そう」
 気だるくて、何だかどうでもいいと思ってしまう。
(好きに呼べばいいじゃない)
「熱いのもわかるけど、温度差で風邪ひくで」
 意味深に微笑み、涼は窓を閉めた。
 動こうとした菫子は、後ろから抱き締められた。
 束縛の檻に閉じ込められて、涼の体温を感じる。
 肩越しに回された腕の力は振りほどけないほどではないが、離したくない
 という意志を感じる。先ほどまでの激しさとは違う、静かな抱擁(ほうよう)。
 それでも、胸は高鳴るのだ。
「愛ってええな」
 しみじみ呟かれて、反応に困る。
 涼は、満ち足りた様子だった。
「……そうね」
「気がない返事やな……苛めたくなるやんか」
 満更(まんざら)嘘でもなさそうで、菫子はびくっとした。
 体はすぐに火照ってしまう。熱が引いて間もない体には、毒だ。
 腕から、するりと抜け出して、浴室に向かう。
「パジャマ置いといたから」
「……用意周到(よういしゅうとう)よね」
 信じられない。ぼそっと吐いた菫子は、
 これからの日々を思いやって溜息をつく。
 幸せだ。こうなれてよかったと感じる。
 好きではなくて、愛している。
 恋の殻を破って生まれた愛。
 それは、臆病(おくびょう)で、意地っ張りな菫子に涼が与えてくれたものだ。
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