Pleasure Treasure(プレジャ、トレジャ)

3、雨音(3)

 菫子は、自分のマンションでは台所じゃなくて、部屋の
 テーブルで座って食べているので椅子に座るのは新鮮だった。
 涼の隣りに立って器によそう。
 慣れなくて、どうも照れくさい。
 ちら、と見上げれば、やたらと楽しそうだ。
「いただきます」
 手を合わせて、食事を始める。
 外で食事はしたことあるものの、
こんな風に二人で食卓を囲むことがあるなんて。
 昨日から今日のできごとが目まぐるしくて、一瞬目を閉じて確かめる。
 目を閉じればもくもくと食事を進める涼と目があった。
「食べへんの? 」
「食べる」
 白い無地のテーブルクロスの上に準和風の食事が並べられていた。
「おいしすぎて驚いた」
 正直な感想に、涼は照れ笑いを浮かべた。
「よかった。どんどん食べてや。ご飯のお代わりもあるで」
「……ありがとう」
 味噌汁をすすって、菫子はお茶を飲む。
「……何か変な感じ。涼ちゃんの部屋でお手製のご飯食べてるなんて」
「そか? 俺はめちゃめちゃ楽しいで」
「今度は、うちに来て。お返しに好きなものつくるわ」
「それは、お誘い? 」
「ん、ご飯食べてってことだけど」
「つまり、泊まりOKってことやろ」
ぼっ。途端に顔に火がついた。
まだ切り替えせる余裕が、ないのだ。
「い……いいわよ」
 目を泳がせ、うろたえて菫子は返事をした。
「……いつにする? 」
「……来月、誕生日でしょう。その時に」
「よっしゃあ、決まり。もう覆せんからな。
 今からバイトの予定調整せんと。菫子もやで」
「……うん」
 菫子は、はにかんだ。
 これが付き合うということなのかと 感慨に浸る。
 胸が弾むような感じと、不思議な疼き。
 涼と出会って、知った例えようのない切なさは今の菫子にとって宝物だ。
「さて、これからどうしようか?
 今日は、菫子以外のものは全部シャットアウトするから」
 本気の発言に、菫子は
「大げさじゃない? 」
 ひるんだ。一気に涼のペースに引きずりこまれている気がした。
「毎日は会えへんやろうし……会える時間は大切にしたいんや」
「そこまでしなくても」
「……雨の日は、感傷的になってしまうから余計そばにいたくなる」
どくん、波打つ心臓。
甘い文句をすらすらと言う男。
これが、好きになった人。
菫子は、涼の前では、素直になることができる。
家族より近い存在かもしれない。
 そんな貴重な相手は彼と親友の伊織だけ……。
「……伊織、どうしているかしら。電話かけていい? 」
「永月? ああ勿論」
 伊織は、病と闘っている恋人のそばで一緒に闘っていた。
 この間話した時は、あの凛々しくて澄んだ瞳で、菫子に笑った。
『大丈夫だから心配しないで。それより早く草壁くんとまとまっちゃいなさい』
 いつも菫子のことを気にかけてくれる優しいたった一人の親友を
 昨日から今日までの間、一度も思い出さなかった自分に歯噛みしたい気分だ。
 どうして、思い出さなかったのだろう。
 涼と、共に過ごしていたから、他の事は脳内から消えていた。
 菫子は、アドレス帳から呼び出して、伊織に電話をかけた。
 

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