Pleasure Treasure(プレジャ、トレジャ)

5、止められない(2)

 買ってきたすみれをキッチンのテーブルに置いてみる。
 一輪挿しを買い忘れたので、グラスを花瓶代わりにして花を飾った。
「何にしようかな。卵はまだあった気がする」
 涼が、冷蔵庫を開けて卵を取り出す。
 他にも入っていた牛乳、スライスチーズを使いチーズオムレツを作ることにした。
 涼は生地を作ると器用にフライパンを振って卵を焼き始めた。
 彼が横でオムレツを作っている間、菫子はコンソメスープを作ることにした。
 コンソメもクルトンもあったので丁度いいと思ったのだ。
 涼が普段から、自炊をしているのは本当らしい。
 卵の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
 できあがったふわふわのオムレツに二人で、瞳を輝かせた。
  ケチャップで、ハートを囲いすみれと名前を書いたオムレツを涼は大口で食べた。
 菫子は食事中喋るのはマナーが悪いので、黙って口を動かす。
 菫子は、雪の結晶の印(アスタリスク)を書いて、満足そうに頬張(ほおば)った。
 クルトン入りのコンソメスープも美味しく、涼は二杯も飲んでいた。
「……歯ブラシまで用意してるなんて、もう何も言えなくなる」
「せやろ。硬さの好み分からんかったから、ふつうにしといたで」
「ど、どうも」
 どもった菫子は、並んで歯磨きしている涼を見上げた。
 腰に手まで当てて、おやじかと言ってやりたくなった。
 もごもごと歯磨きする様子を見て照れる。
 慣れると平気になるのだろうか。
 一度出かけたものの朝から一緒に過ごしているのは変わりがない。
 朝も昼も一緒に食べて、落ち着かない気分だ。
 お泊まりセットまでちゃっかり用意されていて驚きも限界に達した。
「……涼ちゃん」
「なんや? 泡が顎に伝ってるで」
「はっ」
 口をすすいでうがいをして改めて向かい合う。
 渡されたタオルで拭いて、にっこり笑う涼の顔をじいっと食い入るように見た。
「ありがたいんだけど……細かい所に気がつきすぎて怖い!」
「怖いて。理想的でええやん」
「私ここに住みついたりしないからね。そういうのは、けじめをつけないと」
「はいはい。分かってる。菫子がいつ来てもええように準備万端にしてるだけやし」
 ぐうの音もでない菫子は黙りこんだ。
「それとも、ほんまは一緒に暮らしたいん? 」
 からかい口調の涼に、菫子はつま先立ちで立って涼の胸のあたりを押した。
 体勢的に無理があるので、数秒も持たなかったが。
「ば、馬鹿なこと言わないで」
「無意識だったらやばいな……早いところ捕まえて良かった」
後ろからの抱擁(ほうよう)。吐息をひとつ吐き出し。
 肩に頭を寄せてきつく抱きしめられた。
 肩にある涼の腕に手を伸ばして、熱を感じる。
「涼ちゃんを好きになっていなかったら、私は今どうしていたのかな」
「今ここにいることが、すべてやろ」
 力強い一言に、目元が潤んだ。
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