Pleasure Treasure(プレジャ、トレジャ)

7、朝帰り(3)

「柚月(ゆづき)さん、この後、何か予定ある」
 掃除を終えて片づけていた所で声をかけられた。
 考えていた矢先に当の本人が現れたのだ。
「家に帰ってご飯を食べて寝ます」
 彼氏と待ち合わせと言うのはあからさますぎると思ったので言えなかった。
「そうなんだ。送っていくのも駄目だよね。ごめん聞かなかったことにして」
 菫子は、曖昧に笑う。
(じゃあ最初っから言うなよ)
 内心では毒づきながら。
 ちゃんと言っておいた方がいいだろうと声をかける。
「島……さんでしたっけ?」
「仲島だけど」
「ご、ごめんなさい」
 シフトもあまりかぶることがない上、
 興味がなかったので名前もうろ覚えだった。
 バイト仲間の名前くらい憶えとかなければ。
 内心で反省し、きりっと表情を整えた。
「付き合っている人がいるので、誘われても困ります。
 申し訳ないですけど」
 結局釘をさすことになってしまった。
 わざわざ彼氏とか職場で話したくなかったのに。
「……分かった」
 明らかに沈んだ様子に、ちょっとだけ悪いことをした気になるが、
 変に期待を持たせたら相手を余計に傷つけることになる。
 まさか興味を持たれるとは。
 不思議に思う。涼は確かに色っぽいと言ってくれたが
 それは彼に対してだけだ。
 去って行った相手をちら、と見やって、ふうと息をつく。
(雑談もしたことがないのに、変な人) 
 着替えて帰る頃にタイミングよく携帯が着信を知らせたので
 トイレまで猛ダッシュした。
『お疲れー』
『タイミングよすぎ』
『終わる時間言ってたやんか』
『……そうだった』
『俺も終わったところやで。
 菫子を待つのもええけど、どうせなら迎えに行こうか』
『いいわよ』
『それは、OKか拒否のどっちや』
『来なくていいです。待ち合わせ場所にいてください』
『頑(かたく)なに拒否かい。じゃあ待ってるで』
 あっさりと承諾(しょうだく)され、胸をなでおろす。
 やましいことなんてかけらもないが一人で帰ろうと思ったのだ。
 菫子は他の店員とバトンタッチし慌(あわ)ただしく店を後にした。
 駆け足で、地下鉄の階段を降りる。
 数分待ってやってきた電車に乗り込んで、携帯を握りしめた。
 早く涼に会いたかった。



「泣きそうな顔してどうしたん」
「泣いてない」
 息を乱して、待ち合わせ場所のファミレスにやってきた菫子は
 涼の顔を見て、あろうことかうるっときた。
「待ったでしょ」
「5分くらいかな」
 ぽんぽんと隣に座るように促され、菫子は腰を下ろす。
「何にする。俺はビーフカレーの気分やな」
 差し出されたメニューを菫子は胸にしっかりと抱え込んだ。
 中を開いて頭を下に向ける。
「何かあったんか」
 背中にさりげなく回された腕が温かくてじんと染みるようだ。
「やっぱり涼ちゃんがいいなって」
「……また可愛いこと言って」
 涼の腕の中にしっかりと抱きこまれた。
 公衆の面前なのに、抵抗する気は起きずこのまま包まれていたいと思う。
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