Pleasure Treasure(プレジャ、トレジャ)

8、マグカップ(2)

「はい、これ」
「ありがとう。これ好きなの」
 渡されたペットボトルをそっと膝の上に置いた。
「知ってるわ」
 色んな謳い文句で飲めるコーヒー飲料だ。
 砂糖とミルクたっぷりで、とても甘い。
「今日も大学で会ったばかりだけど外で会う機会は意外と少ないから新鮮ね」
「……ごめんね」
「何が。伊織が大変なのは知ってるわよ」
 立ち上がった伊織は、フェンスにもたれかかって、こちらを見つめた。
 胸が、ずきんと痛むような切ない表情だった。
「今度……話してなかったこと話すから聞いてくれる?」
「もちろんよ」
「ありがとう……」
 微笑む伊織につられて笑う。
「私は全然強くないから、強くありたいって言い聞かせているの」
「そんなことない。伊織は強いよ。前も言ったでしょ」
「私も言ったでしょ。菫子の方がずっと強いわ」
 駐車場だから、人目もあり大きな声ではないけれど十分彼女の声は届いた。
 以前も同じことを話したのを思い出す。
 あれは10月だっただろうか。
 また繰り返すのは、こないだ言ったことと関係があるのだろう。
『……そろそろ覚悟しておかなきゃって思っただけよ』
 菫子は息を吸いこんで伊織と視線を合わせた。
「……全部吐き出したくなったらこんな私でよければ聞くからね」
「もったいないくらいよ」 
「……えへへ」
 はにかむ。伊織の隣に立って彼女の姿を見つめる。
「痩せた……? 」
 元々スレンダーなのに、また線が細くなった気がした。
「え、そう?」
「ちゃんと食べてるの? 伊織が元気でいなきゃ駄目でしょ」
 少しきつい口調になっていたかもしれない。
「……食べてるつもりなんだけど」
 苦笑する伊織に、もうっと声を出してしまう。
「中で待っとけ言うたやろが」
 強い口調にびくっとする。
(心配してくれたんだ)
 見上げた先には長身の彼がいて思わず頬が緩んだ。
(涼ちゃんには目元もうるんでにらんでいるようにしか見えないらしいけど)
「永月(ながつき)……大したもの出せんけど、うち来るか」
「お邪魔じゃないかしら」
「かまわへんよ。人数多い方が楽しいしな」
 涼は菫子の親友である伊織も大事にしてくれる。
 顔を赤らめて見上げて不満を漏らす。
「涼ちゃん……もっと早く来てよ。バカ!」
 ワンテンポ遅れて不満を漏らす。
「おお……よしよし」
「菫子の親友やもん。大歓迎や。男はいらんけどな」
「草壁君、はっきりしてるわね」
「当たり前や。うちの場所は菫子から聞いて」
「後で連絡するね……それはそうと、いい加減頭から手を離してよ」
「悪かったわ」
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