Pleasure Treasure(プレジャ、トレジャ)

12、優しい嘘(3)

慣れた手つきでフェイスブラシを動かし、
 マスカラでまつ毛をカールさせる。
 瞬きして微笑む。
 気にかかるのは、声からかなり疲れているのが伝わってきたことだ。
(もしかして、バイトを増やしていたの!?)
 気がつかなかった自分の鈍さを呪う。
 言ってくれなかった涼も、素っ気ないのだが。
「そんな意地悪はいらないわよ」
 むかっとしてしまった菫子は、ベッドの上の抱き枕を抱えて床に座り込んだ。
「じゃあ、どんな意地悪ならいいって言うの……」
 改めて思いいたると恥ずかしすぎた。
 甘い声と仕草で、優しく激しく翻弄してほしいのだ。
 想像で、顔を赤らめる。
 ぎゅっと、抱き枕に顔を押しつけて、頬の熱を逃がす。
 涼の代わりにはならないが、触れていると心細さも少し薄れるから、毎日抱きしめて眠っていた。
 押し入れにしまっていたのをわざわざ引っ張り出してまで。
「まだなの」
 携帯を見ると、二時間が過ぎている。
 23時半になろうとしていた。
 そわそわし初め、携帯を開いた。
 途端、着信音が鳴り響き、びくっとしながら通話を押した。
 友人、恋人、家族はそれぞれ設定しているから、普段は滅多にならない着信音だ。
 公衆という文字が浮かんでいる。
「……あの、柚月菫子(ゆづきとうこ)さん?」
 見知らぬ女性の声だ。
「はい」
「菫子さん、落ち着いて聞いて下さいね」
 嫌な予感がしてたまらない。
 ぐっと携帯を握る手に力を込めた。
「私は涼の母親です……。涼がバイクで事故に遭って、意識不明なの。さっきまで集中治療室に……」
 細く聞き取りにくい声は、不安が表れていた。
「は、はい……病院はどこですか」 
 震える。落ち着けと懸命に自分を宥めた。
「今から言うわね……。メモしてくださる」
 さらさらとメモを取る。
 ぽたり、と涙が染みて字が滲んだ。
「分かりました……」
「勝手に涼の携帯からあなたの番号を確認してしまったんだけど、
 菫子さんには知らせた方がいいと思って。
 名前の横に(かっこ)で彼女って強調されてたから」
「……連絡して下さって感謝します。ありがとうございます」
「いいえ、心配かけてしまって……。起きたらうんと叱(しか)ってやらなきゃね」
「はい……」
「それじゃあ」
 ぷつり、切れた電話。
 押し寄せてくる慟哭(どうこく)。
(私の所に来ようとして涼ちゃんは、事故に遭った……)
 涙でぐしゃぐしゃになった顔で瞼をこする。
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