Pleasure Treasure（プレジャ、トレジャ）

１３、声を聞かせて

　一日がとても長く感じる。
　病室を毎日訪ねると、涼の母も必ずいて、菫子（とうこ）のことも気遣ってくれる。
　あなたも大変でしょう。目を覚ましたら連絡するから、
　毎日は来なくていいのよと、言われても首を縦に振ることはできなかった。
　顔を見て、彼がいることを確認したかったからだ。
「涼ちゃん、一か月記念も過ぎちゃったね」
　呟きに応える声はない。
「あの……涼（りょう）ちゃんの部屋に着替えを取りに行きたいんですけど」
　後ろにいた涼の母に問うと、
「……お願いするわ」
　ぺこりと頭を下げられる。
　ベッドの横の引きだしから鍵を取り出して渡された。
　父親は仕事の都合上、毎日は顔を見せないが、妻に頻繁（ひんぱん）
　に病状を尋ねるほどに心配しているようだ。
　バッグを手に病室を出ようとすると、背中に声がかかった。
「菫子ちゃんが、涼のことすごく大事に思ってくれてるの感じるわ……ありがとう」
　振り返り、微笑む。
　自然と打ち解けていろんな話をするようになって分かったが、彼女も関西弁だった。
　涼の関西弁は親から受け継がれたものなのだろう。
「ほんま、ええ子やわ。あんたもこんなかわいらしい子泣かしたらあかんやろ」
　病室を出た途端、聞こえてきた言葉に、くすぐったくなる。
（そんなにいい子じゃないんです。
　疲れていたのに無理させたのは私なのだから）
　苦々しい気持ちで、足早に病院を出た。
　涼の部屋の鍵をポケットにしまい、走る。
　地下鉄に乗り、最寄り駅で降りて涼の部屋まで歩く。
　駅から徒歩１５分というのは実際は走ってそれぐらいの距離ということだ。
　涼なら、バイクがなくても大股で歩くから早いだろうが。
　自分より低い人もいるのに背の小ささを意識するのは、３０センチの身長差があるからだ。
　花びらが散った木は物寂しい光景で、目を細めて見つめられない。
　伊織はどんな気持ちで散りゆく桜を見ていたんだろう。
　伊織の恋人ー優（すぐる）ーは、桜とともに眠りについたのだと言っていた。
　たどりついたマンションを見上げ、すうと息を吐く。
　胸の早鳴りを宥（なだ）め、部屋の鍵を開ける。
　涼が不在の時に、彼の部屋に訪れている状況が何だか不自然だった。
　部屋に入っても彼はおらず、白い病室で眠り続けているのに。
　彼がいるのなら、まだいい。
　その上で合鍵を預けられているのなら。