Pleasure Treasure(プレジャ、トレジャ)

epilogue1 15-1「愛しい者の腕の中」(4)

涼の膝の上に乗っている状態の菫子は、身をよじりすり抜けようとしたが、
 やはり逃げられずますます抱えこまれる格好になった。
 試合が始まっていて、菫子と涼の方を見ているものはいないと思われるが、
 試合を見に来たのかいちゃつきにきたのか疑問だ。
「菫子は小学生の時何センチやった?」
「小学生の時は高い方だったのよ。150センチあったもん」
「今とそう変わらんやん。すぐ止まったってことやろ」
「う、うるさい。涼ちゃんは何センチだったのよ」
「170やった」
「腹が立つ」
「20センチしか差がなかったのに?」
「20センチしかじゃないわよ ……ずっとでかかった人の価値観って分からないわ」
「人それぞれやけど、男の方がでかい場合が多いのは女を守るためなんやで」
 はっとして、涼の顔を横から見上げる。
「うん……」
「試合見よう」
 そっと膝の上を降りて隣りに座ると、手を繋(つな)いだ。
 汗ばんだ大きな手のひらは暑くても離したくはなかった。
「あのユニフォーム好きなのよね。一度着てみたいわ」
 少年たちの姿に目を細める菫子に、涼は複雑な笑みを浮かべた。
「今度貸してもらえ……いや、あかん……それはまずい」
「どっちなの。冗談だから別にいいんだけど」
 いちいち小学生相手に焦る涼の独占欲の強さは果てしなく、菫子は笑みを浮かべた。


 試合は、健太と篤紀のチームの勝利だったが、相手チームも奮闘した。
 お互いにライバル意識を燃やして、また強くなるのだろう。
 健太と篤紀と親しくならなければ、どちらも応援していたに違いない。
 高校3年の夏休み、草野球の試合を見に来ていた菫子に健太と篤紀の二人が、
 偶然声をかけたのがきっかけで、仲良くなった。
 草野球の行われる日には、頻繁に訪れていたが色々な都合で来られない時があったので、
 新鮮さもあり、草野球が、好きなのを再確認した。
 涼の怪我も全快して落ち着いて、久しぶりに試合を見に行ったのが6月半ば。
 菫子と涼が交際し始めたのを知った彼らは、散々冷やかした。
 何だよ今更かよと言う言葉が大半を占めていた。
 篤紀と健太以外のメンバーとも顔なじみで、
 菫子は、立ち上がり、それぞれの名前を呼んで応援する。
 涼はその勢いに飲み込まれて静かに見守るだけだ。
 バイクに乗りこもうとしている時、篤紀が菫子を呼んで耳元で話しかけた。
「……がんばれ」
 やわらかく笑った菫子に涼は何を言われたのか聞きたくなったが、
 野暮(やぼ)だなと、その考えをかき消した。
 菫子の眼差しは優しくて、彼らのことを大事に思っているのが伝わってきた。

 涼のマンションに辿(たど)り着き、二人で夕食を作り食べ終わると、
 携帯のディスプレイは午後7時半を差していた。
 寝室の床にぺたんと座りこむ。
 後からやってきた涼の腕が、伸びてきて頬にグラスがあてられた。
 氷で冷えたグラスが、ひんやりと気持ちいい。
「ありがと」
 手に持つと、グラスが音を立てた。
 ドライに設定したエアコンでも、十分の涼しさだった。
 残暑は未(ま)だ厳しいが、朝夕の風は涼しくなり、ゆっくりと遠ざかっていく夏が寂しい。
 グラスを傾ける。
 ミント水が喉を潤す。
 強い視線を感じて慌てて目を逸らしてしまった。
 


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