Pleasure Treasure(プレジャ、トレジャ)

番外「恋人」(4)

「大丈夫?」
 個室にこもった菫子ちゃんはかれこれ10分は出てこない。
 一応気になって追い駆けてきたけれど。
「う、うん……ありがとう。薫さんごめんね。折角の飲み会なのに」
「別にいいの。来たくて来たわけじゃないし。
 付き合いのいい涼に付き合っただけ」
「えっ」
「二人きりで飲む方がいいわ。涼と違って騒がしいの嫌いなのよ」
 菫子ちゃんは言葉を失ったようだった。
「あなたを誘おうって言い出したのは涼じゃなくて私。
 菫子ちゃんがいた方が彼も楽しいだろうなって」
 わざと声に棘を含ませる。いくらなんでも気づかないわけはない。
「薫さん、私は涼ちゃんの妹なの。
 私もお兄さんみたいだって思ってるし」
「嘘つき」
 意識的に嘘をつく菫子ちゃんに無性に腹が立ったのだ。
「私は彼を手放すつもりはないから」
 静かに淡々と告げて、ホールに戻った。
「まだトイレにいるわ。飲ませた私が悪かったわ」
 微かな罪悪感があった。
「……むきになって飲むなんて。あいつも無茶してからに」
「そんな所も可愛いって思ってるんでしょ」
「女として見てはないけどな」
 しっかり釘を指す涼の瞳に嘘はないと感じた。この時は。
「当たり前じゃない。私が許さないわよ」
「気をつけます」
 冗談みたいな軽口に、笑って応じた。

 いつものように一緒に帰っていた時だった。
 道路を渡り終えた所で、反対側の歩道に見慣れた人影を見つけた。
(柚月菫子……)
 私が立ち止まったのに気付き涼も立ち止まった。
 首に腕を絡めると抱擁を返される。
 口づけを受け、自分からも返す。
 人目もはばからずに何度も唇を交わした。
 走り出した小柄な影が、瞬く間に視界から消えたのを捉えると、そっと涼から離れた。
 見せつける為だけに公衆の面前でラブシーンを演じるような醜態をさらすつもりはなかった。
 こちらに意識を集中させれば偶然でも、涼が彼女を見つけることはないから。


 偶然は何度だって重なるものだ。思わず笑みがこみ上げるほどおかしい。
 図書館に涼といた時、また目にしてしまった。
 同じ大学内なのだから在り得るといえば在り得るけれど遭遇率の高さは嫌になるくらい。
 ちらとこちらが見たのを気づいた様子はない。 
 涼の方を見つめて笑いかけると優しい眼差しを向けられる。
 図書館だから静かにするのが当たり前だが、それを逆手に取ることができる。
 聞こえるか聞こえないくらいのトーンで耳打ちした。
 涼はしっかり聞き取ったらしく、満面の笑みを浮べた。
 声を漏らしそうになったので彼の口を押さえた。
 目線で咎めればバツの悪そうな顔をする。
 苦笑しながら、
「行こか」
 涼は立ち上がり椅子を引いた。
「ええ」
 棚に本を戻すと図書館を出て行った。
 廊下を歩きながら、横顔を覗き見る。
 変らない表情に安堵を覚えた。
「悪い。薫、今日一緒に帰るの無理や」
「分かった」
「後で連絡するわ」
 ふと気が遠くなったが平然とした態度は崩さない。
 お互いが一緒にいたい時にいる二人。
 どこか物足りない。
 クールに見せることが普通になっている。
 何を強がっているのか自分でもよく掴めていなかった。
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