Pleasure Treasure(プレジャ、トレジャ)
Pleasure

1、この静かなる夜に(☆)




  雪が降る。
 音も無く降る粉雪は、静寂を連れてくるかのように。
 漆黒の空から注がれる白が、鮮やかに視界に映った。
 私は掌をそっと開いて空に掲げる。
 ふわりと舞う雪が落ちては、溶けて消える。
 掌に溶ける雪に冷たさなんて感じない。
 寧ろ、温かさを感じている。
 冬は春を待つ季節。
 それでも私は春の温もりを感じている。


 彼の隣を寄り添って歩く。
 背が小さいから、側にいると守られている気分だ。
 彼の身長の高さは時々悔しくなるけど。
「クリスマスプレゼントは何がいい?」
「俺は菫子の側にいられるだけでええ」
 歯が浮く甘い台詞に、微笑む。
(もっとわがままを言ったっていいのに、言わない)
「すみれこそ何が欲しい? 指輪以外なら何でもかまわへんよ」
 寄り添って歩いていた私は、歩みを止めて
 きょとんと首を傾げる。
 指輪……そういえばまだ一度ももらったことない。
「どうして指輪は駄目なの?」
「指輪は軽々しく渡すもんやあらへんやろ」
 ずきんと胸が痛かった。
 付き合い始めて三年近く経つのに、
一緒にいようって約束を物に託すことも 嫌なのか。
できないのだろう。
 黙りこんだ私の頭をさらりと撫でる手。
 3月に大学を卒業したばかりの社会人一年生だから
 不安もたくさんあるのかもしれない。
 それは私だって同じなのに。
だから一緒にいようって約束をして
 これからも頑張ろうって思うんでしょう。
「そんな顔すんなって。今は渡せんだけやから」
「えっ? 」
「もう少し時が経って男として自信もてたら、やるから待っとって」
 彼を見上げると真摯な眼差しがそこにはあった。
「誓いの指輪を贈るからそれまで指輪はやれん」
「待ってる」
 古風な言い方だな。
 頬が小さく緩んだ。
 その日を目指して一緒に歩いて行けたらいいな。
 がしがしと頭をかき混ぜる手が愛しくて、手をぎゅっと握った。
 握り返す大きな手を感じた。
「涼ちゃん、私の名前はとうこよ。
すみれじゃないわ」
 何度も笑いながら訂正を入れた。
 結ばれたときにつけてくれた愛称だけど、
たわむれみたいに呼ぶのはもやもやする。
「菫って字がつくんやからええやんか」
 いつも私が引いて、このやり取りはここで終る。
 けど、今日は違った。
 譲れないと思ったのだ。
「まともに呼んでくれないと、いつか
あなたが迎えに来てもいい返事をあげないからね」
「……そこまでこだわらんでも」
「こだわる」
「菫子、ふざけてごめんな」
「どうしてそこまですみれって呼びたいのよ?」
「すみれって呼び方かわいいから」
「……涼ちゃん、ずるい。私を黙らせるの上手いんだもの」
「菫子の制御方法くらいマスターしとるにきまっとるやろ」
「私も知ってるからいいけどね」
 マンションの部屋の前に辿り着く。
 ぐいと腕を引かれてドキンと心臓が高鳴った。
 強い力で抱き寄せられる。
「ほんまは今すぐにでも菫子を抱きたいけど、イヴまで我慢する」
「涼ちゃんったら」
 頬が熱くなる。
 熱くなった頬にキスが一つ降りて来てまたドキドキした。
「じゃあな」
「うん」
 手を離すのがいつまでも名残惜しかったけど、するりと彼から手が離された。
 部屋に入り、窓の外から手を振ってくれる彼に手を振る。
 やがて背中が、ゆっくりと視界から消えていった。
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