Pleasure Treasure(プレジャ、トレジャ)

3、君の隣で眠らせて(2/☆)

涼がバイク事故に会い誕生日になっても目覚めなかったあの日のことを。
「そんな顔するな。菫子を一人にしてどっか行ったりせえへん。
 誓いをちゃんと胸に刻んでるんやから」
「ん」
 おどけた涼に菫子はクスっと笑う。
「あ、せやった」
「おはよ」
「遅い」
 本気で言い忘れていたのなら呆れる気がしたが、
  菫子は、そうではないことを知っていた。
 行動で示した後での付け足しの挨拶に過ぎない。
「寝坊しちゃったじゃない」
「ええやん。別に焦らんでも充分時間あるんやから」
「涼ちゃんのせいでもあるものね。手抜きでも我慢してよ」
「手抜きって気づかれんくらいちゃんとできるやろ」
「やってみせるわ」
 菫子は強気に笑ってベッドから立ち上がった。
「明日からは別の起こし方を考えたから覚悟してて」
「……オーケー」
 涼は満面の笑みを浮かべて寝室を後にした。
 菫子は捲れたシーツを整えると、夫の後を追いかける。
 部屋のドアの前でスリッパを履くと
欠伸を噛み殺しながら、キッチンへと足を運んだ。
 因みにスリッパはアニマルスリッパ(うさぎ仕様)だったりする。
 夫の涼が、菫子に似合うだろうと買ってきたものだ。
 自分の年齢を考えるとかなり恥ずかしい菫子だったが、
 涼の気持ちがこもっているので、
 履くのを嫌と感じることはなかった。
 涼が、これを履いて駆ける姿が好きと言っていたこともあった。
 ぱたぱたと音を立てて歩き冷蔵庫を開けると中から食材を取り出して抱える。
 既に牛乳をグラスに注いで飲んでいる夫を一瞥すると、シンクの前に立った。
「コーヒー、今日はどうする? 」
「濃い目でよろしく」
 返事を聞くと菫子はカップにインスタントコーヒーを入れた。
 疲れている時は砂糖を入れてみたり、
毎日こうやって飲みたい濃さを聞くことにしている。
 涼の習慣に菫子が慣れたのではなく菫子が自らやり始めたことだ。
「今日、遅い?」
「電話するわ。普段通りなら連絡するし迎えに行ってもええしな」
「分かった」
 話をしながらも菫子は手を動かしている。
 涼は、椅子に座って新聞を読んでいる。
 もし大きく広げてばさばさ音を立てていたら親父くさいと菫子に
 吐き捨てられるに違いないだろう。
 テーブルに並べられる皿には彩り鮮やかなメニューが盛られている。
 涼は茶碗を受け取ると、ありがとうと呟く。
 彼は関西弁だが、礼はありがとうと言うのだ。
 照れている時はサンキュ。
「金曜日、午前中にお休み取れる? 私は有給取ったけど、涼ちゃんはどうかなって」
 菫子は、今度はお弁当の準備をしていた。
 昨日の残り物のポテトサラダをコロッケにして揚げているのだが、
 昨夜の内に衣をつけて下ごしらえをしておいたので、調理もスムーズだ。
 お弁当の支度を整える間、振り返り、涼と会話する。
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