Pleasure Treasure(プレジャ、トレジャ)

3、君の隣で眠らせて(3/☆)

「妻の一大事なんやから。午前どころか一日有給とります」
 涼は、玉子焼きに箸をつきさしたまま動きを止めた。
「ありがとう」
 急にテンションが上がった涼に菫子は笑みを零す。
「まだわかんないんだけど」
「なるようにしかならんやろ」
「そうね」
「検査薬は使ったんか?」
「だって買うの恥ずかしいんだもの! 」
 菫子の顔は熟れたトマトのように真っ赤だ。
(一年前の夏、妊娠騒動があった時は、
 直接、大学病院に行った。見目麗しい魔物のドクターに観てもらったっけ)
 菫子は脳内で回想した。
「……今時、高校生だって普通に買(こ)うてるんと違う」
「それもそれでおかしいわよ」
 涼のモラルにかける発言に菫子はきっぱりと反論する。
「純(うぶ)な妻で嬉しいわー。他探しても見当たらんやろな」
「からかわないで」
「俺をからかえるようになってみぃ」
 冗談めかした涼の言葉に菫子はリベンジを胸に誓った。
 膝の上で拳を握り締めている。
 ずるずると味噌汁をかけ込む音が、シリアスさを掻き消していた。
「ごちそうさま」
 箸を置いて手を合わせると涼はシンクに食器を運んだ。
 菫子は、横目で確認すると内心焦りつつお弁当を盛り付ける。
 涼と菫子はいつも一緒に起きて朝食の支度を菫子がして、その間、
 涼は新聞見たりしてのんびり過ごしている。
 いつもは午前6時に起きるのに今日は30分もオーバーした。
 怠惰なことにそれは月曜日が多かったりする。
 それを見越して夕食をいつもより多めに作っていたりするのだが。
「貴重な朝の一時は一瞬で過ぎるなあ」
 くすくすと笑いながら涼は顔を洗いに向かう。
 菫子はその背を見送りながら、ご飯の上に鮭フレークをのせた。
 そぼろごはんは涼の大好物だ。
 鶏そぼろの時もあれば鮭フレークの時もある。
 ハート模様を描くのは特別の日だけと決めていた。
 来月の涼の誕生日のお弁当は特別仕様になっているに違いない。
 菫子は出来上がったお弁当に蓋をして包むと大事に抱えて玄関へ向かった。
 段差に座って靴を履いている涼に、
「はい。今日も一日頑張ってね」
 背をかがめた涼の頬にキスをしてお弁当の包みを渡した。
 行ってらっしゃいの意味を込めて。
「すみれもがんばるんやで」
頬に返って来るキス。
 カチャと扉が閉まると菫子はふうと息をついた。
「涼ちゃんったら、またすみれって」
(彼が見ていたら思い出し笑いをするのは……とか、からかわれそうだわ。
 すみれって呼ぶクセが治らないんだもの。呆れも通り越して諦めの境地なのよ)
「お皿を片づけて私も出よう」
思考を断ち切り、キッチンへと向かう。
< 94 / 145 >

この作品をシェア

pagetop