Pleasure Treasure(プレジャ、トレジャ)

3、君の隣で眠らせて(5/☆)

こくこくと菫子は頷く。
「菫子となら楽しいことも分け合えて、宝物を見つけられるってそう思った。
 俺らは絶対幸せになろう」
「……恥ずかしげもなくよく言えるわね」
「って言わせといて何やねん」
「ごめん。照れくさくて。
あの時も嬉しくて、胸がつまりそうなくらいだったけど
今聞いてもじーんとする。あの時が蘇る感じで」
 菫子は胸に手の平を押し当てて瞳を閉じた。
「ずっとあなたのとなりで眠らせてね」
「俺のとなりには菫子しか認めんわ」
 空になったグラスに水滴が伝っている。
 菫子はそれを受け取りながら、
「さ、片付けて寝よっかな」
 楽しそうに声を弾ませた。
「なんや。積極的やん」
「違うわよ。馬鹿! 」
 菫子は手が泡まみれなのを忘れ、思いっきり振ってしまった。
「……すみれ!」
「きゃあ」
 声を荒らげているが顔は笑ったままの涼に菫子も笑う。
 はしゃぎあっている風にしか見えなかった。



 翌朝の寝室。朝の空気に似合わない軽快な音が響き渡っている。
 涼は眼前で繰り広げられる光景に目を疑った。
 今日は一段と輝いて見えるその姿。
「おはよー」
 ライトピンクのエプロンを身に纏った菫子が笑顔でフライパンを叩いていた。
 右手にお玉、左手にフライパンといういでたち。
 朝食を作った後なのかほんのり甘い玉子焼きの匂いが立ち込めている。
「笑いを取れたらなって」
 涼には、照れ笑いする妻がどうしようもなく可愛く見えた。
「俺の女房らしいわ」
 やっぱり最後はどうしてもそこへ行き着く。
 結婚してから益々、自分に似てきているような気がする涼である。
「類は友を呼ぶってことね」
 菫子はそういうとフライパンとお玉を手に部屋から出て行った。
「料理は最強で本人は最恐に訂正」
 涼の一言は幸いにも菫子に届かなかった。
涼はワイシャツに着替えるとスーツのジャケットを手にダイニングキッチンに入ってきた。
「今日は先に着替えたんだ」
「その方がゆっくりできるかと思って」
 苦笑する涼に菫子は新聞を手渡す。
「今日はコーヒーどうする?」 
「薄めでええわ……」
 含みがありそうな涼を董子は不思議そうに見つめる。
「珍しいわね」
「いや今日はいっぱいいっぱいで」
 菫子は小首を傾げながらコーヒーの粉をカップに注いだ。
 ポットからお湯を注ぐと香ばしい匂いが漂う。
「フライパンはきつかったかあ」
 独りごちる菫子を見て涼はすかさず突っこんだ。
「場は明るくなるけど頭に響くねん」
「じゃあ、明日は音楽でもかけるわ」
「そうしてくれると助かるわ」
 菫子はコーヒーを涼に手渡すと急に歌い始めた。
 涼はさっきから振り回されっぱなしである。
「なんやそれ」
「明日かける曲! 久々に昔のアルバム聞いたら懐かしくなったのよ」
「サビ歌ってやろうか」
「涼ちゃんの願望ね」
「わかってるやん」
「サビも含めてこの曲って私たちにぴったりだと思わない!? 」
「せ、せやな」
 涼は焦った。
 まるっきりラブコメな二人だという事を今更ながら思い知る。
 まだ付き合ってなかった頃から、随分変わった。
 少なくともコメディとは無縁だったはず。
 菫子も涼に染められたが涼も染め変えられたのだ。
「涼ちゃん、思考が飛んでる」
「たまにはな」
 クスクスと笑い合う。
 涼のカップにはコーヒー、菫子のカップにはロシアンティー。
「俺やったら絶対吐くわ。お茶にジャムやで」
「このジャムは甘さ控えめだもの」
「どれどれ……充分甘いわ! 」
 涼が吹き出しかけたのを見て菫子は素早く避けた。
「お弁当詰めなきゃ」
 昨日と違いゆっくりとした朝なので
ふたりで一緒にお茶を飲む時間が取れた。
 涼は朝食もとっているが、菫子は紅茶を飲んでいただけ。
 朝の支度がまだ終っていない。
「菫子、さっきの上手い。座布団10枚」
「……涼ちゃんの反応大好き」

 どうしてもシリアスになりきれないバカップルの日常はこれからも続く。


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