「おまえほどの男、殺すには惜しい」と父に言われた敵国の王子の妻になりました
その瞳の奥に、怒りではない、別の色が宿っていた。

「おまえほどの男……殺すには、惜しいな。」

ゼインは目を見開いたまま、ゆっくりと顔を上げた。

その顔に浮かんでいたのは、驚愕でも歓喜でもない。

ただ――

生き延びてしまったという、静かな覚悟の色だった。

「だが……ただで生かすわけにはいかん。」

父王の声が、静かに広間を満たした。

その目が、ゆっくりと私へ向けられる。

私と、父王の目が合った。

その意図に、背筋が凍った。

「リシェル。ここに。」

名を呼ばれた瞬間、足が震えた。

広間の空気が、私の呼吸を奪う。

けれど、王女として逃げるわけにはいかない。

「……参りました。」

唇がかすれた声で言ったその言葉は、まるで別人のようだった。

私は震える足で、一歩ずつ父王のもとへと進む。
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