「おまえほどの男、殺すには惜しい」と父に言われた敵国の王子の妻になりました
怒ってもいない。

拗ねてもいない。

ただ、事実として淡々と述べているだけだった。

その言葉の裏に、どれほどの孤独があるのか。

考えるまでもなく、胸の奥にひりつくようなものが広がっていった。

私は立ち上がった。

そして、彼の前に歩み寄る。

「……案内するわ。」

ゼインの目が、わずかに見開かれた。

「私が案内するから。――ほら、来て。」

この手を引いたことが、あとになって、どれほどの意味を持つのか。

その時の私は、まだ知らなかった。

私はゼインを連れて、王宮の地下にある浴場へと向かった。

「……これは、すごいな。」

扉を開けた瞬間、ゼインが感嘆の声を漏らす。

広々とした大理石の床に、中央には温かな湯をたたえた大きな湯船。

壁沿いには磨き込まれた洗面台がずらりと並び、天井からは柔らかな灯りが降っていた。

たぶん、彼の国――ラグナリアを含め、近隣諸国のほとんどでは、まだ“風呂場”という概念が根づいていない。
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