「おまえほどの男、殺すには惜しい」と父に言われた敵国の王子の妻になりました
そして、ふと湯面に目をやった瞬間だった。

「……ゼイン?」

お湯に、うっすらと赤い色が混じっている。

湯気の向こう、淡く広がるその赤は、間違いなく――血。

私は思わず近づいた。

「ゼイン、体……」

よく見ると、彼の背中や腕、胸元にまで無数の傷跡が走っていた。

それも、古傷ではない。

新しく開いたばかりの、まだ生々しい裂け目。

さっき、体を洗ったとき。

乾いていた血が流れ、傷口が再び開いてしまったのだ。

「もう上がって。……傷、広がってるじゃない」

私がそう言った時だった。

ゼインがゆっくりと振り返り、湯船の縁に腰をかけた。

その瞬間――私との距離が、急に縮まった。

顔が、近い。

目と目が、はっきりと合う距離。

湯気の中で、濡れた黒髪が額に張りついていて、熱に上気したその顔は、戦場にいた男とは思えないほど静かだった。
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