「おまえほどの男、殺すには惜しい」と父に言われた敵国の王子の妻になりました
「そんな事、言えないわ。私は買われた女だもの。」

その瞬間、ゼインがシシリアをそっと抱きしめた。

まるで――大切なものを、もう二度と失いたくないとでも言うように。

私は、思わず木陰の蔭で口を押さえた。

涙がにじむ。息が詰まる。

あれは、愛の抱擁だ。

優しさとか、同情とか、そんなものではない。

あんな風に、私を抱きしめたことなんて、一度だって――。

「シシリア。俺とやり直さないか。」

――えっ?

耳を疑った。今、何て言ったの?

ゼインが……私の夫が、シシリアに?

「結婚してるじゃない。お互い。」

シシリアの声は震えていた。でも、それは拒絶の色ではなかった。

「それは義務だろう。」

そう言って、ゼインは彼女の顎に指を添えた。

そのまま、迷いなく――キスをした。

目の前がぐにゃりと揺れる。

胸の奥を鋭いもので貫かれたようだった。
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