恋するだけでは、終われない / 気づいただけでは、終われない

第十話


 わたしは、海原(うなはら)くんの制服のシャツに。
 ゆっくりと、アイロンをかけている。

「あまり、こちらばかりを見ないでもらえないかしら?」
「す、すいません……」
「それに、まだ完全に許したわけではありません」
「は、はい……」

 でも、なぜわかったか気になるでしょうし。
 いいわよ、今後のために。
 少しだけ、話してあげる。


 ……夏休みに、放送室の機器を入れ替えたあと。
  マニュアルを読みながら、気がついた。
 無数に並ぶ、スイッチの中に。
 校内各所の屋外スピーカーの、通電状況を知らせる機能があって。
 ただ『あの屋上』のそれだけは、なぜかいつもランプがつかなくて。

 二学期に入って、一度ようすを確認しにきた業者の人に。
 その点をわたしは、聞いてみた。
「よく気がつきましたねぇ。調べておきますよ」
 その結果、判明したのは。
 非常階段の前にある、黒く大きな扉を開けないと。
 なぜか通電しないようになっていたと、教えてもらった。

「いつの工事かわからないけれど。ケーブルとか、まとめちゃったのかなぁ?」
 基本的には、なにかのミスで。
 工事して直すよう、学校に提案したほうがいいかと逆に質問されたので。
「使わないスピーカーですので、不要だとは思いますが……」
 わたしから相談して、どうしても必要ならこちらから連絡すると返事した。

 ……もちろん、直す必要なんてないと思った。
 なぜなら、あの場所は。
 海原くんと、わたしだけの場所だから。


 ……そうそう、そうやって反省した顔をしていなさい。
 すぐに、許すつもりなんて。
 ないわよ、わたし。


「そしてきょう、通電したんですね」
「気づいたのは、わたしだけよ。そもそも誰にも教えていないもの」
 すると、海原くんは。
「……誰にも、いいません」
 しおらしく、そういうけれど。

「どうだか、怪しいものよね……」
「ええっ……」
 当たり前よね?
 だって、わたしは。
 まだ海原くんを、許してはいないのだから……。



 美也(みや)ちゃんは、いつかもう一度。
 自分の気持ちを整理する必要があると、わかっていた。

 文化祭実行委員をやりたいと相談を受けたときに、色々と感じたの。
 もちろん海原くんには、その中身はいいません。
 だって、信用ないんだもの。

「えっ……」
「伝えたはずよ、わたしは当分許しませんから」
「なんだか、伸びてませんか?」
「ずっと、に訂正しましょうか?」
「い、いえ……ごめんなさい」


 少し、海原くんには申し訳ない気もするけれど。
 さすがに、仕方のないことだと思う。

 あのね、海原くん。
 お祭りの日の、美也ちゃんの『公開告白』。
 あの続き、まだ解決していないなんて。
 そんなこと、わたしから海原くんになんて。
 伝えるわけには、いかないでしょう……。


 いずれにせよ。
 あの場所が『通電』したのがわかれば、あとはわかる。
 美也ちゃんは自分の気持ちに、正直になって。
 それから絶対に、大泣きする。
 鼻水が出ようが、なんだろうが。
 気持ちいいくらい。
 まるで心の中を洗うように、泣くんだから……。



「……美也ちゃんを、屋上に案内しようとは思っていたのよ」
「えっ、そうなんですか?」

「屋上への鍵は、代々の部長が預かってきたそうよ」
「え? じゃぁ三藤(みふじ)先輩の先代、都木(とき)先輩じゃないですか?」
「でも美也ちゃんは、例外だそうよ」
「えっ? どうしてですか?」
「……佳織(かおり)先生が、『忘れていた』そうよ」


「……美也はさ。月子ちゃんが必要だと思ったら、連れていってあげて!」
 佳織先生は、そういってわたしに渡してきた。
 その真意は、まだ謎ではあるけれど。
 ただ、あの先生がなんの意図もなしに。
 そんなことを、するわけはないとわたしは考えている。

「……忘れてそうですもんねぇ、藤峰(ふじみね)先生」
 海原くん、たまにとっても素直よね。
「そうね、あの先生だものね……」
 佳織先生には、少し申しわけないけれど。
 いまはそのままに、しておこう。

「ところで、どうして部長なんでしょうかねぇ?」
「さぁ。部長だからじゃ、ないかしら?」


 ……ごめんなさい、海原くん。
 どうやらそれは、『恋愛禁止』の代償らしいけれど。
 なぜだかいいにくいので、パスするわね。
 おまけに……。

 「恋をしない代わりに、つらいときは空を見ればいいっ!』

 まぁ、なくもない話しでしょうけれど。
 なんといっても、佳織先生の言葉だから……。
 なんだか、怪しいのよね……。


 それにね、海原くん。
 見たい人と見る空は、かけがえのないものだと。
 わたしは、『割と最近』わかったの……。



「……だから、元部長の美也ちゃんも。見たらいいじゃないの」
「あの、三藤先輩。『だから』って、理由を聞いていませんけど?」
 あぁ……。
 わたしの話し、真剣に聞いてくれているのはわかるけれど。
 この手の話題はね、わたしには難しいのよ……。

「そこは、省略します」
「ええっ……」
「何度もいったはずよ、わたしまだ許していませんから」
 ……なんだかとっても便利な、いいわけね。
 少し、ズルいけれど。
 ちょっとした罰だと思って、もらえないかしら?



「……ねぇ、提案があるのだけれど」
 背筋を伸ばした、その姿に伝えよう。

「いまは海原くんが、部長でしょ」
「はい」
「だからこの先は、ひとりで鍵を管理して」
「えっ……?」

 ……なんなの、その顔は?
 どうしてそんな顔をするの、海原くん?

 あぁ、そうだった。
 『鈍感君』には、難しかったのね。

「美也ちゃんも、わたしも以前の部長です」
「はい」
「そしてわたしは、海原くんを案内した」
「はい」
「でも海原くんは、美也ちゃんを勝手に連れていった」
「えっ……さっきは、先輩が連れていこうとしたっていいませんでした?」
「あのね、海原くん」
「は、はい……」
「わざわざ連れていく必要、あったのかしら?」
「す、すいません……」
 意外と、わたしってしつこいのね。
 まぁ、海原くんだから。
 別にそれで、いいわよね?


「……ではもう一度聞くわ、海原くん。この先は、その鍵をどう扱うの?」
「えっと……」
 お願い。
 どうか、間違わないで……。
「た、大切に扱います」
 ま、まぁ当たり前よね。
「そしてあの場所に案内するのは、誰でもいいわけじゃなくて……」
 そう、頑張って!

「……部長だけ、ですねっ!」

「バカっ!!!」
「ええっ……」

 あぁ……。
 あと、あと少しだったのに!

 でもこれが、海原(うなはら)(すばる)だ。


 ……そして、これが。
 わたしの『限界』なのだろう。

 まだわたしは、美也ちゃんのようになれない。
 自分の気持ちを定めて、正直になって。
 それから……。
 それから、その先はどうなるの?


「……もう、戻りましょう」
 あぁ、頭の中が、こんがらがってきて。
 わたしは、もう。
 なにがなんだか、わけがわからない……。



 ……放送室に、戻ると。
 なんともいえない雰囲気が、わたしたちを待っていた。

 由衣(ゆい)玲香(れいか)が、ニヤニヤしながら顔を見合わせる。

「ね、姫妃(きき)ちゃん。いったとおりでしょ?」
「でしょ、姫妃?」
「ほ・ん・と・だー!」

「なんの話し、かしら?」
 わたしの問いかけには、誰も答えず。

 佳織先生と、響子(きょうこ)先生が。
「……部長、飲み物!」
「あとできれば、パンもね!」
 海原くんを、強引に部屋から追い出して。


「でさぁ、月子……」
「なんで涙の跡が、ついてるんですかー?」
「ちょっとき・か・せ・て!」
「気になるよねぇ〜」
「ま、暇だから教えてもらおっか!」
 五人が、目をまぶしいぐらいキラキラさせながら。

 わたしと、美也ちゃん。
 『ふたり』の涙を理由を解説しろと、迫ってきた。



 ……間違いない。
 美也ちゃんの涙は、恋する涙だ。
 では、わたしの涙は。
 いったい、どう説明すれば……。

「わかりませんし、いいませんから!」
 わたしは、そう声をあげると。

 腕章を掴んで、部室から飛び出した。

 文化祭の、終了まで。
 あと残り、一時間。

 あぁ……誰か。
 わたしの心が、落ち着く場所は。

 いったいどこにあるのか、教えてください!


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