夜探偵事務所

健太が意識を取り戻した時、彼の世界は三度、あの忌まわしい純白に染まっていた。
消毒液の匂い。硬いベッドの感触。例の個室の病室だ。前回と違うのは、ガラス張りの扉の向こう側で、あの無感情な医師が机に向かい、落ち着き払った様子でカルテを書いていること。そして――
「……っ!」
健太の体には、温かいような、それでいて氷のように冷たいような、奇妙な重みがあった。恐る恐る視線を横に向ける。そこには、花柄のワンピースを着た加奈が、健太の体に腕を回してぴったりと抱き着き、添い寝をしていた。
まただ。また、あの悪夢に囚われたのだ。健太は体を動かそうとしたが、まるで鉛を流し込まれたかのように、全身がぴくりとも動かない。
「ねぇ?起きたんでしょ?」
耳元で、加奈が楽しそうに囁いた。
「お、俺を……どうしたいんだ……?」
健太は、かろうじて動く唇で、絶望的な問いを絞り出した。
「え?加奈はね……」
彼女が悪戯っぽく微笑み、その答えを口にしようとした、まさにその瞬間だった。
ドカーン!!
鼓膜を突き破るような轟音と共に、病室の頑丈な扉が木っ端微塵に吹き飛んだ。舞い散る破片の中から、一つの人影が悠然と姿を現す。
「邪魔するよー!」
軽い挨拶を口にした刹那、その人影――山本夜は、驚愕に顔を上げる医師の横を、黒い一陣の風となって通り過ぎた。閃光が走る。次の瞬間、医師の首が胴体から離れ、宙を舞った。体は糸が切れたようにバタンと倒れ、首は無残な音を立てながらゴロゴロと転がり、健太のベッドのすぐそばでぴたりと止まった。その目は、まだ信じられないといった表情で見開かれている。
夜の手には、光さえ吸い込むような、漆黒の刃を持つ日本刀が握られていた。彼女はそれをポンっと、無造作に肩へ担ぐ。
「お姉ちゃん、強いんだねぇ」
加奈は夜に視線を移すことなく、健太の胸に顔をうずめたまま、感心したような、それでいて嘲るような声で言った。
「ここでケリをつけるか?深淵の者よ」
夜は刀を担いだまま、冷たく問いかける。
「わかってるクセにぃ」
加奈はクスクスと笑う。
「ここではやるには健太の体が持たないな…」
「そういうこと。ここで殺(や)れるのは、そこに転がってるみたいな、ただの雑魚だけよ?」
彼女は恍惚とした甘美な笑みを浮かべた。
「とはいえ、ソイツを守るとじいさんと約束したんでね。連れて行かせてもらう」
「えぇー!せっかく二人きりになれたのにぃー」
加奈が、駄々をこねる子供のように頬を膨らませる。
「消えろ」
夜が、地を這うような低い声で命じた。
「ちぇっ。ケチなお姉ちゃん」
加奈は再びクスクスと笑うと、その姿がゆっくりと透け始めた。夜が漆黒の刀をすっとひと振りした瞬間、病室の白い壁はガラスのように砕け散り、景色は一瞬で元の、薄汚れた雑居ビルの廊下へと戻った。
『またねー、健太君と、ケチなお姉ちゃん』
加奈の楽しそうな声だけが、廊下にこだましていた。
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