夜探偵事務所
再び、夜探偵事務所の、結界に守られた静寂が二人を包んでいた。
山本夜は自分のデスクに戻ると、慣れた手つきでタバコに火をつけた。深く吸い込んだ煙が、細く長く吐き出され、安堵と疲労の入り混じった空気に溶けていく。
一方、健太はソファの上で、ただ蹲っていた。両手で顔を覆い、指の隙間から、先ほどの恐怖が何度も蘇ってくる。あの冷たい感触、死の匂い、そして、すぐ間近で人の首が飛ぶという、現実離れした光景。
「まさか、生きた人間まで手下にしてるとはな」
夜が、思考を整理するかのように独りごちた。
「霊と生きた人間の両方を操ってるのか、それとも、ただ手駒にしてるだけか……知らんが、それが奴の能力の一つか」
その言葉に、健太は覆っていた顔をゆっくりと上げた。声は、まだ震えている。
「なんで……わかったんですか?」
「ん?」
夜は、タバコを指に挟んだまま、不思議そうに健太を見る。
「いえ、あの……俺が、あの女に襲われてるのが、何故わかったのかなって……」
「あぁ、そのことか」
夜は納得したように頷くと、悪びれもせずに言った。
「お前の体に、霊的なGPSみたいなものを仕掛けておいた。念の為にな」
「えぇっ!?」
健太は素っ頓狂な声を上げた。全く身に覚えがない。
「電話番号を聞いたときにピピッと仕掛けといた。」
夜は、まるでスマホのアプリをインストールしたかのような軽い口調で言う。
「それより、問題は生きた人間の方だ。こっちは厄介だぞ」
「はぁ……」
健太からは、もはや力ないため息しか出てこない。
「そっちは、さすがに斬り捨てて成仏させるわけにいかんからな」
夜は、心底おかしそうにククッと笑った。健太の絶望をよそに、彼女はすでに次の手を考えている。
「……仕方ない。そっちの専門に協力させるか」
そう言うと、夜は再びスマートフォンを取り出し、どこかへ電話をかけた。呼び出し音は鳴らない。繋がった、と思った瞬間、スピーカーから、不機嫌で重々しい男の声が響き渡った。
『何の用だ?小娘』