夜探偵事務所
深妙寺・本堂
夜の衝撃的な告白の後、本堂の中には一瞬の静寂が落ちた。
その静寂を破ったのは、加奈の乾いた拍手だった。
「えぇー!すごーい!じゃあお姉ちゃんは、前に私みたいなのに勝ったことがあるんだ」
彼女は、心底面白そうに手を叩いている。だが、その瞳は笑っていない。
「でもね。だとしても、ここからどうやって、私に勝つの?」
「お前、さっきこう言ったよな。『人間の霊力なんて、たかが知れてる』って」
夜は、静かに刀を構え直す。
「そりゃそうでしょ。人間なんだもん」
加奈は、まだ余裕の笑みを崩さない。
「私は、ちょっと特殊でな。私の霊力の総量は、たかが『人間』のそれ、ではない」
「でも、その刀に霊力を込めても、私のこの指一本すら、飛ばせなかったじゃない」
加奈の指摘は、的を射ていた。これまでの夜の攻撃は、全て防がれている。
「あぁ。私の霊力のほとんどは、これまで、コレに使ってたからな」
夜がそう言った瞬間、彼女の背後に揺らめいていた影が、その全貌を完全に現した。
夜の首から下は、その存在が纏う、夜よりも深い闇でできたマントのようなもので覆われていた。夜の体と、その存在は、まるで一つの生き物のように繋がっている。
「コイツの存在を、この世界から隠すため。そのために、私の霊力のほとんどを使う必要があったんだよ」
「な……なんなのよ、ソイツは!」
加奈の顔から、初めて余裕が消えた。本能的な恐怖に、その声が上ずる。
夜は、そんな加奈に向かって、ふっと微笑みかけた。そして、人差し指をくいっと上に向け、背後の存在を示す。
「コイツは日(あきら)。私の相棒の、死神だよ」
もう、隠す必要はない。
その瞬間、日(アキラ)を隠すために費やされていた、夜の本来の霊力が、完全に解放された。
夜の持つ漆黒の刀に、まるで意志を持ったかのように、刀身から黒い炎が激しく燃え盛る。
「ちょっ……ちょっと、待ってよ!」
加奈が、明らかな狼狽を見せた。
その時、夜の背後に立つ日(アキラ)が、その巨大な大鎌を、天高く振りかぶった。この世の全てを終わらせるかのような、絶望的な光景。
夜は、空を仰ぎ見るように、日(アキラ)に向かって叫んだ。
「――待て!」
ピタリ、と。日の大鎌の動きが止まる。
「お前は、前に殺(や)っただろ。今日のコイツは、私の番だ」
夜は、兄に語り掛ける。
「その代わり、お前の霊力を……私に貸せ!」
その言葉に応えるように、夜の刀から立ち上る黒い炎が、本堂の天井に届くほど、とてつもなく大きく燃え上がった。
「霊力が……刀から、溢れてる……」
加奈が、呆然と呟く。
次の瞬間、夜の姿が、加奈の視界から消えた。
彼女は、解放された霊力を足に込めて、地を蹴ったのだ。
ザシュッ――。
生々しい音が響く。
加奈の胸から、黒い炎に覆われた刀の切っ先が、突き出ていた。
夜は、一瞬で加奈の背後に回り込み、その背中から心臓を一突きに貫いていた。
夜は、加奈の耳元で、優しく囁いた。
「……痛くは、ない」
「……あぁ……」
加奈は、最期に、何かを理解したように、小さく息を漏らした。