夜探偵事務所

【10分前 ― 祠の前】
夜の山は不気味なほど静かだった。
太一(たいち)、和希(かずき)、そして竜二(りゅうじ)の三人は息を殺しながら件の祠へと続く獣道を進んでいた。
「ここやな」
太一が懐中電灯で目的の場所を照らす。古びた祠。その周りを囲う錆びついた金網。
「うわ、マジであるやん」
竜二が興奮したように声を上げた。
和希が持参したニッパーで金網に手をかける。
パチン、パチン。
乾いた金属音が静寂な夜の山に響いた。やがて大人が一人やっと通れるほどの穴が開く。三人はそこを潜り抜け祠の前へと進んだ。
祠の前には古びた石灯籠のようなものがあった。六角形の筒状の石。
上から覗き込むと六角形のそれぞれの角から中心に向かって朱色の線が刻まれているのが見えた。
「これか?パズルみたいなのって」
太一が石の表面を撫でる。
「この六角形の途中のところが三箇所回るようになってんな」
和希がその構造に気づいた。
「ほんでこの六角形から出てる赤い線が真ん中で交差するように持ってけばええんやな」
太一がニヤリと笑う。
「よし!誰からやる?」
「よっしゃ!俺から!」
竜二が名乗りを上げた。だが一分の制限時間では赤い線が繋がることはなかった。和希も同様だった。
「ヘタクソやな、お前ら。貸してみぃ」
最後に太一が石のパズルに向き合う。
カチカチと石が回転する音が響く。
「おっ!行けそうやでこれ!」
そして。六つの赤い線が石の中心でピタリと一つに交差した。
ガコンッ!
鈍い音が石の内部から響いた。
中心に集まっていた赤い線がまるで焼き切れたかのようにその輝きを失った。
「ん?何も起こらんやん」
太一がつまらなそうに呟いたその時だった。
「ちょ!な、なんやアレ……!」
竜二の引きつった声が響いた。
「え?どうしたん?」
太一が竜二が指さす方向を見る。
祠の、後ろ。闇よりも深い影の中から何かがゆっくりと姿を現そうとしていた。
女性の上半身。蜘蛛の下半身。
人でありながら人ではない異形の化け物。
「うわぁっ!」
太一は腰を抜かしてその場に尻もちをついた。
和希は我に返ると一目散に逃げ出した。金網の穴から外に出ようと必死だった。
しかし。その化け物は凄まじいスピードで長い蜘蛛の足を伸ばす。
和希の足首がいとも簡単に捕らえられた。
「あぁー!」
体が宙に持ち上げられる。和希は絶望的な悲鳴を上げた。
(一方、山道を走る夜)
夜の頭の中にもう一人の声が直接響いていた。
『やめろ!行くな!』
日(あきら)が脳内で叫んでいる。
「うるさい!」
『死ぬかもしれん…やめろ…』
「死にたいんや!私は!」
夜は心の中で叫び返した。
『死なせるわけにはいかない…』
「私の人生や!」
『夜の人生は僕の人生でもある…』
「知るか!」
夜はその声を振り切るように最後の力を振り絞って地を蹴った。
(祠の前)
夜が木々の間を抜け祠の前に辿り着いた時。
そこはすでに地獄だった。
金網はなぎ倒され和希が片足を捕まれたまま宙吊りになっている。
太一と竜二は恐怖で足がすくみどうすることもできずにただ震えていた。
夜は走るスピードを一切緩めない。
彼女は凄まじい速度で境内に走り込むと祠の屋根をトンッと蹴って高く跳躍した。
そして空中で腰に差していた竹刀を抜き放つ。
「――っ!」
夜は解放した霊力を竹刀の先へと流し込んだ。
そして落下しながら蜘蛛の化け物の脳天めがけてその一撃を叩きつけた。
ギャアアアアアッ!
化け物は甲高い悲鳴を上げその衝撃に思わず和希の足を離した。
地面に着地した夜は振り返りざま太一たちに向かって全力で叫んだ。
「何してんねんお前ら!逃げろ!!」
「お、おぅ!」
太一はその声に我に返った。
彼は仲間二人を無理やり立たせるともつれる足で山の下へと走り出した。
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