策士の優男はどうしても湯田中さんを落としたい
(…やばい。めんどくさい。ほんとめんどくさい…)

瑠璃は心の中では、相当焦っていた。
──副業は禁止。
それが、瑠璃が働く会社の鉄の掟だ。
バレたら一発アウト。クビは確実だろう。
それが分かっていたのに、やらずにいられなかった。

どうしても、もう少しお金が必要だったから。

(久しぶりの出勤だったのに…!)

しばらくは店に出ていない。
一時だけ。少し稼げばすぐ終わるつもりだった。
なのに──

よりによって、会社の人間。
しかもよりによって、祐。

(なんであそこに来るのよ…)

瑠璃は心の中で天を仰ぐ。
表情は微動だにせず、Enterキーを押し続けながら。

祐は何も言わない。
誰にもバラしていないようだ。
それは分かる。けれど──

(あの目が怖いんだよ、もう…)

あの夜、祐が浮かべた笑顔。
柔らかくて優しそうなのに、奥の奥で何かを計算している目。
探ろうとする目。

(…絶対、面白がってるだけじゃない)

「先輩、その計算式逆ですよ」

祐が横からモニターを覗き込み、笑う。

(ちょっと、近いんだよ…)

「……どうも」

「先輩も間違えることあるんですね。なんだか安心しちゃうなー」

(そういう軽いセリフがいちばん困るんだってば…)

──もし……
もし、うっかり誰かに漏れたら。
それを考えると、胃がきりきりと痛む。

(なんでよりによって、あんなイケメンに見つかるかな…)

今月は何かと物要りで、家計簿がマイナス寸前だった

(ああ、めんどくさい。どうしよ…)

でも。

そんな焦りを、絶対に顔には出せない。
祐に悟らせるわけにはいかない。

だから瑠璃は、いつも通りの冷たい声を落とすだけだった。
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