策士の優男はどうしても湯田中さんを落としたい

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中瀬祐が、自分が「人よりモテる」と自覚したのは、保育園の年中の頃だった。

昼休み、砂場に行こうとすれば女子が先回りして待っていて、ブロック遊びをすれば、いつのまにか“中瀬くんチーム”と“その他”に分かれていた。

先生が笑って言ったことがある。

「祐くんと結婚したい子、手あげて〜!」

全員が、競うように手を挙げた。

それを見て、祐は笑った。
笑いながらも、心のどこかで冷静にこう思っていた。

(……これ、たぶんずっとこうなんだろうな)

小学校では、廊下に“祐先輩ファンクラブ”の張り紙があった。
中学では、誰が告白して振られたかが学年中の話題になった。
高校では、学園祭の実行委員に名ばかりで選ばれた。顔採用だった。

芸能事務所の名刺は、制服のポケットの中に数枚入ったままになっている。
街を歩けばスカウトに声をかけられるし、SNSでは顔写真ひとつでフォロワーが急増した。

でも、祐は浮かれなかった。

勉強は嫌いじゃなかったし、運動もそこそこ。
努力することが格好悪いとは思わなかった。

なにより──

「モテるだけの人生って、コスパ悪いな」

そう思っていた。

どうせなら、もっと“うまく”生きたい。
持っているルックスを、どう使えば得になるのか。
誰に好かれ、誰を味方につけ、誰を避けるべきか。

祐は、恋愛も友情も、仕事ですらも、「ゲームのようなもの」として頭の中で組み立てていた。

ただし、誰にもそれを悟らせない。
自然に。
優しく。
空気を読んで、期待に応える。

そうして祐は、他人に嫌われず、好かれすぎず、うまく泳いできた。

──はずだった。

あの人に会うまでは。

湯田中瑠璃。

彼女は祐を特別扱いしなかった。
最初から“ただの新人”として接してきた。
仕事の説明は的確で、甘やかしもしない。

初めてだった。

自分の顔を一瞥して、心からどうでもよさそうに「じゃあ、やってみて」と資料を渡す人。

(ああ、この人は俺に興味ないんだ)

それが、むしろ面白かった。

この人に、少しだけ興味を持たせたらどうなるんだろう。
好きとか、恋とかじゃない。
ただ、“彼女の視界”に、自分が入ったら。

そう思っただけなのに──
気づいたときには、彼女を“外せない”自分がいた。


その感情に気がついたのは、もう少し先のお話し。
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