策士の優男はどうしても湯田中さんを落としたい

10

会計を済ませた二人は夜の街を歩いていた。


「もう少し、歩きませんか?」

祐がポケットに手を入れたまま、何気ないトーンで言う。

瑠璃は一瞬考えて、こくりと頷いた。

繁華街の喧騒を少し離れた裏路地に、落ち着いた雰囲気のバーがあった。

「あそこ、雰囲気よさそうですよ。」

祐が指さしたのは、静かでシンプルな外観のバー。ガラス越しに見える店内は、柔らかな照明に包まれ、大人の空気が漂っている。

「じゃあ、一杯だけね」

瑠璃が小さく笑うと、祐も満足そうに笑った。

扉を開けると、グラスの澄んだ音と、低く流れるジャズが迎えてくれた。


二人はバーのカウンターに並んで腰を下ろした。

店内は暗めの照明と、かすかに流れるジャズ。
会話を隠すにはちょうどいいざわめきがあった。

バーテンダーが二人に微笑むと、祐が先に口を開いた。

「ジントニック、ダブルでお願いします。先輩は?」

「同じので…」

祐は一瞬、目を細めて笑った。

「またジントニックなんですね。先輩、意外とお酒強いんだ。」

「そんなことないよ。ただ、今日はちょっと飲みたい気分。」

「どうしてですか?」

祐の声はあくまで優しいが、どこか深く探るようでもある。

瑠璃はグラスを見つめ、少し笑った。

「なんでだろうね。祐くんと仕事すると、気が張るからかな。」

「それ、俺が先輩をドキドキさせてるってことですか?」

祐が肩を寄せ、囁くように言う。

「…違うよ。」

瑠璃は小さく笑いながら視線を外すが、祐の肩のぬくもりに少しだけ身を引くタイミングが遅れた。

「俺は、先輩にもっと俺を頼ってほしいんですよ。」

「…頼ってるよ。十分。」

「ううん。全然、頼られてない。」

祐はグラスの縁を指でなぞりながら、瑠璃の瞳を真っ直ぐ見た。

「俺、もっと先輩のこと、知りたいんです。」

瑠璃は息をのむように、その視線を受け止める。

どちらも、視線を逸らせなくなっていた。

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