策士の優男はどうしても湯田中さんを落としたい
部屋のドアが、静かに閉まった。

途端に、瑠璃はその場に立ち尽くしたまま、落ち着かない様子で祐を見た。

「……ねえ。やっぱり帰ろうか」

祐は、ドアの鍵をカチャリと閉めてから振り返る。

「だめです」

「だめじゃないでしょ! だって、こんなの…」

瑠璃が必死に言い募るのを、祐は一歩ずつ詰め寄りながら遮る。

「先輩、さっき約束しましたよね」

「約束したけど…! でも、やっぱり…」

「キスだけって、言いましたよ?」

「……っ」

祐は、そっと瑠璃の顎に指をかけて顔を上げさせた。

「そんな怯えた顔しないでください。俺、先輩が嫌がることはしません」

「じゃあ、帰る…!」

「それは、だめです」

「どうしてよ…」

「俺、もうこうやって先輩と二人きりになりたくて、ずっと我慢してたんです」

「祐くん…」

祐の瞳は真剣で、瑠璃は息を呑んだ。

「俺、先輩のことが好きなんです。好きで好きでたまらなくて……」

祐は、すっと顔を近づけた。瑠璃はぎゅっと目をつむる。

だけど、祐の唇はふわりと彼女の頬に触れるだけだった。

「……なっ…」

「可愛い」

祐が囁く。

「その、怖がるくせに帰ろうとしないところも、俺にちゃんと触られると震えるところも……ぜんぶ、たまらなく可愛いです」

「ば、ばか…」

「先輩、キスだけでいいんですよね?」

「……うん」

祐は一瞬笑って、今度は瑠璃の唇にそっと口づけた。

優しく、浅く触れるだけのキス。

それなのに、瑠璃の体は小さく震えて、肩がかすかに上下する。祐はその震えを感じながら、唇を少しだけ離した。

「……先輩」

「な、なに」

「俺、もう一回だけ、していいですか」

「……っ」

瑠璃は答えられないまま、祐に引き寄せられた。

今度は少し深く、祐は瑠璃の唇を吸い、絡め取る。

「……んっ…」

短い吐息が瑠璃の喉から漏れた。

祐は瑠璃の腰にそっと手を回し、離れがたそうに額をくっつける。

「先輩が望まないなら、それ以上はしません」

「……ほんとに?」

「ほんとに」

祐は息を吐き、小さく笑った。

「でも俺、こうしてるだけで、もう嬉しくて仕方ないです」

「……っ」

瑠璃の目尻が少し潤んでいた。

「もう、やだ……」

瑠璃は顔を隠すように祐の胸に額を押し当てた。

祐はゆっくりその髪を撫でる。

「俺はずっと待ってます。先輩が俺を家族にしてくれる日まで」

「そんな簡単に言わないでよ…」

「簡単じゃないです。だから、絶対に離れないって決めてるんです」

瑠璃の体は、祐の腕の中でかすかに震えたままだった。
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