策士の優男はどうしても湯田中さんを落としたい
「ねぇ中瀬くん、もっと飲もうよ〜!」

隣の嬢が甘える声をあげ、上司たちはますますご機嫌だ。
祐は笑顔で応じながらも、ちらりと時計を見る。

(このままじゃ、先輩と話せない)


──思い立ったら早い。

祐は隣の嬢にささやく。

「ごめん、ちょっと席外すね。俺、シャンパンもう一本頼んでおくから」

「え〜!行っちゃうの?」

「すぐ戻るって」

可愛くむくれた顔を残し、祐は席を立つ。
そのまま店の奥へと歩き出し、少し遠回りして──

湯田中瑠璃のいる卓に近づく。

先輩は、別の客の話に笑顔で相づちを打っていた。
そこに割り込むのは、店にとってもルール違反。
だが──祐はすっと、その卓に近づき、店のスタッフに耳打ちする。

「ごめん。俺、あの子指名でつけたいんだけど」

スタッフの目が一瞬驚きで見開かれる。
そして慌てて営業スマイルに戻る。

「かしこまりました!ちょっとお時間ください!」

その場でスタッフが、そっと瑠璃に近づき、彼女の耳元で何かを告げる。
先輩はわずかに目を見開いた。
それから、ほんの数秒の逡巡。

だがすぐに、作り笑顔で頷いた。

「──失礼しますね」

彼女が席を立ち、男たちが「あれ?」「もう帰るの?」とざわつく。

祐は、奥の個室に誘導される形で歩きながら、笑みを噛み殺していた。

そして数分後。

個室のドアがそっと開き──

入ってきたのは、黒髪を艶やかに揺らした、華やかなドレス姿の湯田中瑠璃だった。

先輩は祐を見るなり、ほんの一瞬だけ鋭い目をした。
そして、まるで何も知らない風に、にっこり笑った。

「いらっしゃいませ。はじめまして。指名、ありがとうございます」

祐も、静かに言って笑った。

「はじめまして」
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