策士の優男はどうしても湯田中さんを落としたい

「先輩…って、誰のことですか？私に似た人がいるのかしら。今日は私を見てよ」

とろけるような声。けれど、視線の奥には静かな火が灯っている。
挑むように、拒むように。

祐もまた、わずかに笑った。

「もちろん。ルカを見てるよ。似てる人がいた気がしてね」

「ふふ、よくあることです」

「それにしちゃ、声も仕草もクセも一緒なんですよね」

「観察力、鋭いんですね。モテるでしょ？」

「さぁ、どうですかね」

二人の声は、穏やかで、柔らかい。
けれど、その下にあるのは明らかな駆け引きだった。

瑠璃は祐のグラスにそっと手を伸ばし、シャンパンを注いだ。
ドレスの胸元が大きく開く。
視線を逸らさず、涼しい顔で。

「じゃあ、教えてください。…私、誰に似てるんですか？」

「職場の先輩。冷たくて無愛想で、服も髪もいつもテキトーで、やたら資料のチェックが細かい人」

「……嫌われてる人？」

「いや、むしろ好きですよ。無駄がなくて。嘘つけないとこ可愛いし」

「…ふうん」

瑠璃はグラスを持ち、口元に運んだ。
ゆっくりと一口。
潤んだ唇がグラスの縁に触れるたび、祐の視線がそこに落ちる。

「その先輩と違って、私はお客様には優しいですよ」

「それ、職場の俺にも言ってもらっていいですかね？」


一拍、間を空けて、瑠璃はいたずらっぽく笑う。

「私、オフィスで働いたことなんて、ないですけど？」

「しゃべってないときに指でリズム取る癖も、変わってないですよね」

瑠璃の目が、ほんの少し細くなる。


「先輩が俺のこと無視したから、仕返ししてるだけです」

にこり。祐は完璧な笑みを浮かべた。

「でも安心してください。秘密にします。今日ここで見たこと」

「…じゃあ、もう少し飲んでくれます？」

「喜んで」

二人はグラスを重ねた。

──言葉のどこにも、“本当のこと”は出てこない。
けれど、分かっていて、なお“演じ合っている”。

仮面のまま、少しずつ距離を詰めて。
先に“素”を出すのは、どちらか。

そんな静かな勝負の最中だった。