私のテディベアに、私が溺愛されるまで
夜が深くなるほど、楓は頑なに「好き」とは言わなかった。
そのくせ、唇を求め、腕の中で震えて甘える。

一朗の溺愛は、そんな楓を可愛くて仕方なくて、加速度を増していった。

何度もキスを重ねるうちに、二人の境界は曖昧になり——
いつのまにか夜は、静かに更けていった。

***

翌朝。

柔らかい朝陽が、カーテンの隙間から差し込む。

一朗はそっと目を覚ますと、すぐ隣に眠る楓の寝顔を見つめた。

楓の頬にはうっすら紅が残り、長い髪が枕の上にさらさらと広がっている。

「……全然、言わなかったな。好きって」

一朗は小さく笑い、指先でそっと楓の髪を耳にかけた。

「でも……可愛いから許す」

それから、一朗は静かにベッドを抜け出した。

***

キッチンに立つと、一朗は手際よく朝食を作り始めた。

昨夜、あれだけ心も身体も近づいたのに——
やっぱり一朗は、一朗だった。

フライパンから香ばしい匂いが立ちのぼる。

ベーコンとスクランブルエッグ。
サラダにはトマトを彩りよく散らし、トーストはカリッと焼き上げる。
そして、二人分のカップに淹れるのは、少し濃いめのコーヒー。

部屋の奥には、まだ眠る愛しい幼なじみ。
一朗の心は、不思議なくらい穏やかで幸せに満ちていた。

「……一朗」

その声に振り返った一朗は、一瞬、固まった。

楓が、昨日一朗が着ていたTシャツ一枚で、ダイニングに現れたのだ。

裾は楓の太ももの半ばくらいまでしか届かず、長い髪は少し乱れたまま。
素足が床をそろりそろりと歩いてくるたび、一朗の心臓が激しく脈打つ。

「お前……」

一朗の顔が一気に赤くなる。

「な、なんでそれ着てんだよ!」

楓は眠そうに目をこすりながら、小さく笑った。

「だって……匂いが、一朗だから……落ち着くんだもん」

「……お前、ずるすぎだろー……」

一朗が思わず頭を抱えると、楓はくすくす笑いながらテーブルのほうへ歩み寄る。

「だって……私、もう一朗の彼女だもん」

一朗は困ったように息を吐いたが、その唇が自然とほころぶ。

「……俺の負け」

楓はテーブルにつきながら、朝食を見て目を輝かせた。

「わー、美味しそう!」

「せめて、その格好のまま食うのやめろ……」

「やだー」

二人は目が合うと、声を揃えて吹き出した。

「お前、ほんと……」

「ほんと?」

「……可愛すぎ」

楓は嬉しそうに笑って、伸ばした手で一朗の指をぎゅっと握った。

静かな朝の光の中で、二人の笑い声がダイニングに優しく響いていた。


Fin
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