女王陛下のお婿さま
 進行を止めた小舟はゆらゆらと水面を漂う。晴れ渡った青い空には鳶が一羽、円を描いている。

 穏やかで静かで、時折岸の方からマイラが笑う高い声が聞こえた。目をやると、クラウスやファビオの従者たちと楽しそうに昼食の準備をしているようだった。

「――諦める事に、早く慣れた方がいい」

 水面に映る自分の姿をぼんやりと眺めていたアルベルティーナに、ファビオはポツリと呟くように言った。

「心のままに動けない不自由な世界に生きる俺たちは、常に何かを諦めなくちゃならないだろ? だから、それに慣れてしまった方が楽に生きられる……」

 王族という柵(しがらみ)の中で生きていくには、自分の気持ちばかりを押し通す事は出来ない。アルベルティーナは楽しい舞踏会や友人を作る事を諦め、ファビオは王位を継ぐ事を諦め。

 そして、本当に好きな人と添い遂げる事を諦める……

 ファビオはまるで、アルベルティーナの本当の心を分かっているようだった。何だか見透かされたような気がして、それを誤魔化すようにアルベルティーナは水面に手を入れた。ひやりとした水が手を濡らす。

「……まるで、貴方は『諦め』の達人みたいね」

「そうさ、俺は諦めの達人だ。九番目の王子という不遇に生まれて、今までずっと全てを諦めて諦めて諦めてきたんだ。俺以上に諦めの上手い奴はいない」

 胸を張って自慢げにそう言い切るファビオに、アルベルティーナはつい吹き出して笑ってしまった。それにつられてファビオも大きな声で笑った。

 (――こんな風に笑えるまで、彼はどれだけの事を諦めてきたんだろう……)

 王子といっても九番目。王位継承にはほど遠い位置で、兄たちからは軽んじられ、弟たちからは突き上げられ。どれだけ苦しい想いをしてきたのだろう。
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