女王陛下のお婿さま
 もう明日には新月になるのだろう。糸のように細い月が、ハレルヤ城の上へ昇っている。そんな景色を町外れの高台から眺めながら、クラウスは乗っていた馬の足を止めた。

 ここへ帰ってくるのに、随分時間がかかってしまった。城の塔の鐘の音も聞こえないという事は、もう舞踏会は始まってしまっているだろう。

 始まる前に帰るつもりだったのだか……


 ――クラウスがファビオの指示を受けたのは、舞踏会が開催されると知ってすぐの事だった。

 深夜に風呂に入りたいと言い出したファビオの供で、彼のお気に入りの湯殿へ行った。もちろん背を流す為に。どうしてかファビオは、自分の背を流すのはクラウスにと決めているようだった。

 いつもは他に年配の従者が一人か二人は付き添っているのだが、その夜はクラウス一人だけ。時間も遅かったので、もう寝てしまったんだろうと、簡単に考えていたのだが……

『――私が、ナバルレテ国へ……?』

 背を流していたクラウスにファビオは、ちょっと街で飴を買って来てくれ、という気軽な感じで言った。

 しかしそれは、彼の母国ナバルレテ国へ行ってくれという、思いがけない事だったのだ。

 ナバルレテ国はこのハレルヤ王国の隣国といっても、広大な海を挟んでいる。城下町へ飴を買いに行く気安さで行ける場所では無い。

 ファビオはそんな事はたいした問題ではない、とでも言うふうに言葉を続けた。

『ああ、そうだ。ちょっと行って、俺の持っている軍の小隊を連れてきて欲しいんだ』

『軍の小隊?! ……まさか、ルイ王子と戦争でもなさるつもりですか?』

 ファビオとルイがアルベルティーナを取り合い、いがみ合っているのはハレルヤ城では周知の事実だった。だからクラウスは、とうとうそこまで……とつい思ってしまったのだ。
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