ハイエナ令嬢:幼なじみの年下魔王

4.5:リベリオ屯田兵村の風景

1
 ドワーフのおかみさんが鳥牛(トリケラトプス)を手に持った若草で「べえべえ」とあやして、撫でながら誘導していく。背後には鋤が結びつけられ、「誇り高き狼娘」の犬鳴ルパが、お百姓さんスタイルで鋤を地面に押しつけている。ただの人間だったら大の男たちが主にやるような力仕事ではあったが、ドワーフと獣エルフ(狼または犬)からすれば「いい運動エクササイズ」でしかない。

「レトも、トラと出張で遠征してるし」

「あの子も立派になったわねえ。でも、トラさんとレト君がいないと印刷所ギルドも寂しいって」

「レトが、「紙漉き」職人がマイブームしてたわね」

 この世界では単純に物理的な活版印刷もあることにはあるが、それが活用されるのは大量に売れるような一般に普及した名著だの(簡易な聖書・時祷書・暦やら教科書など)、定評のあるノウハウ本、あるいは官報の類だ。発行部数が少ない書籍は良い本・有益な専門的書物でも大規模工場のビジネスとして割に合わず、むしろ技能魔法(クラフト)による印刷所の仕事。
 同居している婚約者トラと弟のレトはそちらのエルフたちの印刷ギルドの工房のメンバーで、この屯田兵村での生活の貴重な収入源でもある(彼らの山小屋風の住居が図書室と化している理由でもある)。義兄とすっかり気があったレトは一緒に行動していることが多かった。

「あの子、トラと遊び回ってて、トラもあーしの彼氏なのか、レトの友達なのか、どっちが優先なんだってくらい。さすがにあたしがトラとイチャついてるときは、あいつも遠慮して近寄ってこないんですけど」

「おーい、食事だぴょん!」

 近くから、鍋を棒で叩いて注意を引きながら、絶世の美女のサキが昼食の時間を告げる。こいつは普段はこの屯田兵村の薬草魔法の製薬ギルドの責任者。
 父が魔族で母が人間。人肉を食べるかわりに「サキュバス」やっている。配下のグループ構成員たちから「領主・ロード」と呼ばれる一緒に脱出してきた人間たちと「集団結婚」しており、男女すら問わず「みんな兄弟姉妹」。本人曰く「魔族はエルフ以上に子供が出来にくいから頑張っている」「跡継ぎはうちの「男たち」の子供」だそうな。

「うん、すぐ行く!」

 サキとは仲が悪いわけでもないので、手を振って応える。性格は良い方だとは思われるし、人間的には好きで尊敬してすらいる。
 しかし。犬エルフの鋭敏な嗅覚からすれば、彼女の恐るべき一面は明らかなのだった。いくら石鹸ソープで洗っていても、身体に染みついた男たちの臭い(女性も混ざっている)。サキのことは憎いわけでも嫌いなわけでもなかったが、身内の男のトラやレトをあまり近づけさせたくない。


2
 洞窟では、エルフの毛皮鎧を身につけた原始人のような男が、鉄板の上で黒曜石や水晶を並べて、魔術の火で炙っている。

「炭鉱労働に売られたときのことを、良く思い出すんだ」

「美人の女房の、ご飯を食べて忘れなさいな」

「そこに置いておいてくれ。作業が間に合わない」

 森林エルフの妻キョウコが、しばらくしてからお盆に乗せたハンバーガーとお茶を持ってきてくれた。彼女が犬鳴ルパなどと狩猟で捕まえたイノシシの肉の、特製ビッグハンバーガーである。

「レジスタンスのリーダーっていうより、強制労働の囚人に思えてくるんだ」

「バカおっしゃい。囚人に、こんな美人のおかみさんがいて、ちゃんとした食事なんか出してくれるもんですか」

「お前って、実は山姥の看守じゃないのか?」

「は? 疲れて幻覚でも見てるの? コーヒーでも持ってこようか?」

「あ、うん」

 ヒゲ武者になった彼こそは「原人騎士クリュエル」。攻撃や防御の魔法効果を持つ、「魔術石器」(魔法石器)を製造するノウハウは彼独自のものだ(他の者ではこうはいかない!)。
 なにしろ、今の「魔術者協会」は親魔族のシンパグループで乗っ取られており、「第二の魔族のような支配層になる」という暗黙の目標を持っていて、反社ギャングの一派に成り果てている。防衛軍の戦士たちにも非協力的で裏切り行為すらやらかすため、それで魔族側の支配領域や勢力が拡大している。下級の魔術者たちには快く思わない者もいるのだが、戦士団に強力したり人間を助ける行動をとると、本来は人間側の魔術者の指揮組織であるはずの魔術者協会から処罰や制裁・粛清されてしまう。
 それでクリュエルなどが屯田兵村グループで、魔族だけでなく、魔術者協会とも戦ったり睨み合いが続いている。
 援護や連携がなくて困り果てた戦士たちも、こういう魔法石器があれば(使い捨ての魔法武器だから)それで有利になるわけだが、魔術者協会から「魔術者の価値を下げる行為」として名指しで非難されている。安全性だの非人道的だのと理由をつけて、腐敗政治家たちと非合法化を目指す運動まで持ち上がっている。いつぞやに魔族側が呪いの病毒を散布してきたときには、サキ(サキュバス姫騎士)の研究グループが解毒剤ワクチンを作って対抗したのだが、そのことでも「副作用の薬害」云々でサキが法的告発される始末だった。
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