ハイエナ令嬢:幼なじみの年下魔王
5
 アレクセイとレトは、観客の囚人たちが「ぶっ殺せ!」「やれー!」とはしゃぎ煽り立てる蛮声で見守る中で三分間くらい戦ったが、決着が着かなかった。
 やる気十分のアレクセイはパンチ・キックで猛攻を加えるが、レトは合気柔術のような動きで受け流し、何度も投げる。もちろんお互いに打ち身でボロボロになってしまう。

「そこまで!」

 牛エルフの潮(うしお)ミノタ(ヤギョの親友の力自慢で、若きエルフ酋長の一人)がストップをかけたが、アレクは止まらなさそうなのでミノタさんに後ろから抑えられた。幸い、レトはすぐに模擬戦闘を中止していた(礼儀正しく従順な性格なので、止まったところに顔面パンチとかはやらなかった)。
 引き分け。

(あの子、変身しなかったのね)

 キランは冷静に分析していた。
 獣エルフで、狼男の強みは野獣モンスターに変身すればその力が倍増することだ。アレクが本格的な魔法攻撃を使わなかったことからしても、お互いに自粛はしていたのだろう(実力はだいたい同じくらいのはず)。これは練習や親睦試合であって、殺し合いではない。

「あの犬め」

 悔しげなアレクは決まり悪そうで、ずいぶん無念な感じだったが、格好良く勝って見せたかったのだろう。だが、キランの目からしたら、あのレトという少年は並の魔族よりはずっと強いだろうし、おそらく本気で戦ったらキランよりも強いはず。アレクを弱いとか情けないとは思わない。
 少し前に、どうもアレクとレトは顔を合わせている。義兄のトラが敵の魔族と間違って攻撃しそうになったのを、臭いでヤギョの血縁だと気がついて止めたのだとか(そのときは十秒くらいの邂逅で、顔を合わせもしなかったらしいが)。
 キランは「良い友達できそうで良かったじゃない」と微笑みかけた。


6
 帰り際、とっさの一瞬に悪魔と見間違えた。
 人間のはずなのに、地獄の化身のような「トラバサミの鉄仮面」の男と行き会ったのだ。アレクセイは以前に町中で一度だけ出くわしたことがあったが、改めて遭遇すると危険な相手と実感される。そのときは仮面を付けていなかったが、同一人物と直感する。

(まさかヤギョより強いことはないだろうが)

 警戒して怪訝な面持ちのアレクセイにキランが言った。どうやら面識があるようだった。

「こんにちは。・・・・・・あの人、レト君のお姉さんと婚約してるんだって。ぞっこんなんだって。お姉さんが「すっかりデレた牝犬になった」とか、あの人も溺愛してるとか」

「へ? へえ?」

 食堂だったか店に来たときに、雑談で聞いたことがある。レトの姉のルパは狼女だから、四足歩行の狼や大きな犬に変身できる(二足歩行タイプの変身は戦闘向けだが、四足歩行の動物型の変身は動物の振りをしたり走って逃げるのに適するらしい)。だが、その形態は「婚約者のトラに甘え戯れる」変身になっているそうだ。トラは犬好きで自分から無防備にデレてくるのだそうで、ルパにとっては人間の女の姿での恋人モードとは一味違う味わいがあるのだとか。
 キランはいきなり横からアレクセイにキスして、その恐るべき男に飛び切りの笑顔で言った。

「愛って素晴らしいと思いません? こんな生意気な奴ですけど、可愛らしいとこもあるんですよ」

「そうだな、うむ」

 すると残酷な鉄仮面の奥で、少し笑った気配がしたようだった。魔族にとっては恐怖の殺戮マシンである彼だけれども、アレクセイについては保留ということらしかった。
< 22 / 25 >

この作品をシェア

pagetop