やさしく、恋が戻ってくる
今日子がまだ、
ランドセルを背負っていた頃のことを、俺は今でもよく覚えている。

泣き虫で、すぐに転んで、俺のシャツのすそをつかんで離さなかった。

「こうちゃんがいれば大丈夫なの」
そう言われるたびに、守らなきゃって思った。
あの子の笑顔が、俺の胸にずっと残るようになった。



こんなにも近くにいるのに、
手を伸ばすのが怖い。
“女”としてではなく、“母”としてばかり彼女を見てきた。
いや、違う。
ただ、踏み出せなかっただけだ。
あの頃みたいに、言葉にする勇気がなくなっていた。

拒まれるのが怖いんじゃない。
今日子に、「もうそんな目で見られたくない」と思わせてしまうのが、いちばん怖かった。

かつてのように、抱きしめたい。
ただ隣で笑っていてほしい。

けれど、それをどう伝えればいいのか、いまだにわからないまま、時間だけが過ぎていった。
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