やさしく、恋が戻ってくる
小学校に入ってすぐの頃、私はよく泣いていた。

教室が怖かったわけでも、友達がいなかったわけでもない。
でも、なんとなく、家の外の世界がざわざわしていて、
給食の時間になると、いつも胸がぎゅっとなる。

そんな私を、助けてくれたのは、隣の家のお兄ちゃん、こうちゃんだった。

「今日ちゃん、ただいま」

学校から帰ってくると、ランドセルを置くよりも先に、こうちゃんの家の玄関に走っていった。

当時中学生だったこうちゃんは、部活で汗だくになって帰ってくるのに、私の顔を見ると
いつも「おかえり」って言ってくれた。

夕方になると、一緒に犬の散歩をした。
夜になって、私が怖い夢を見たときは、こうちゃんが私の家まで来て、玄関先で「大丈夫か?」って言ってくれた。

あの頃の私は、こうちゃんがいるだけで安心だった。
自分の味方がこの世にひとりでもいるってことが、世界をまるごと好きになる理由になった。
「今日ちゃん、泣き虫だな」って笑われても、
その言葉の裏には、ちゃんと“守ってやる”って気持ちがこもっていたのを、
子どもなりに、ちゃんとわかっていた。

そしてたぶん、
私が“こうちゃんのことが好き”だと気づいたのは、その頃から、だったんだと思う。


隣にいるはずのこうちゃんが、
いちばん遠くに感じられた夜が、何度あっただろう。

話しかければ返事はくれるし、優しくしてくれる。
でも、それは“夫”としての優しさであって、“男”としての気配では、なくなっていた。

私が女じゃなくなったんじゃないか、そう思った瞬間から、なにも言えなくなってしまった。

でも本当は、
あの頃みたいに、ただ「そばにいて」って、甘えてみたいだけなのに。
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